牧場主、傭兵団で飲み勝負を始める
ふっふーん。年末の一週間はお父さんが生活費も従業員さん達の給料も出してくれて出費がなかったし、年明けのお小遣いと牧場開設のお祝い金もふんだくったし、雪がちらついてるけど懐はあったかい。お父さん様々だね、感謝してあげる。
そんな年末のお祝いが過ぎた後片付けも終わり切ってない街並みはごちゃっとしててしかも物寂しい。緩やかに日常へとシフトしていく空気が気怠い感じ。
飾りを仕舞うのに門と家とを行ったり来たりする人を横目に眺めながらわたしが向かうのは傭兵団の拠点。年始の挨拶にかこつけて顔を覚えてもらって、あわよくば契約まで取り付けてもらおう。
傭兵団も国家事業の双璧であるから、リザルドギルドに勝るとも劣らないご立派な拠点が見えて来た。リザルドギルドはリザルドを一時保管することもあるから敷地が広かったけど、こちらは鍛錬場なんかが併設されて敷地が広い。
役所より遥かに塀が長くて堂々とした建物が構えている。
「すご。えーと、入り口は……あそこか」
この拠点はヒトの出入りが自由らしくて傭兵らしく武装した人間も一般人も入り混じって行き交ってる門を見付ける。街の人は傭兵に出向依頼でも出しにいくのかな。
人の波に潜り込んで中に入ると広いホールがほとんど酒場になっていて壁際に二ヶ所だけ受付が空いてた。
みんな普通に酒飲んだりご飯食べたりしてる。随分とフレンドリーな傭兵団なのね。びっくりだわ。
「嬢ちゃん、きょろきょろしてここは初めてか? こっち来て座れよ」
中を把握するのに立ち止まってたら一人でジョッキを呷ってる男性に呼び掛けられた。
勝手が分からないのは本当だし、お言葉に甘えて相席させてもらう。
「こんにちは。ちょっと偉い人とお話したいんだけど、紹介とかしてもらえたりする?」
「偉い奴に? おたくはどちらさんだよ」
「わたしはステラ・オリヴィス・ドラグニドゥス。年末に王都のリザルド牧場がこの町に支店を作ったのは知ってる? わたしがそこの牧場主よ」
わたしが名乗りながら椅子に腰かけると、対面の相手は、ほー、なんて気の抜けた声を上げて感心してるんだかなんも分かってないんだか。
どうにも掴み所がなくて顔の利くベテランにも見えるし入ったばかりで口だけの新米にも見える。
「なるほどね。おのぼりの村娘にしちゃ身形がいいと思ったらそういうことか。ビール飲めるか? ジュースもあるぞ」
「もう十五で成人してます」
子供扱いしてくれちゃって、失礼しちゃうわ。
わたしが掣肘しても目の前の軽薄な男はにやにや笑って受け流してくれちゃってる。
それでちょうど後ろを通りかかった給仕の女の子にビールを一杯気軽に頼んだ。
「じゃ、牧場開きの挨拶して売り込もうって魂胆か。大元は王都っつったか? いいリザルドいるんだろうな? 取り寄せもしてくれんのか?」
はぁ? 取り寄せ?
わたしの牧場を卸売市場だと思ってんの?
「わたしが。傭兵も唸るくらいの子を育てて納品するのよ。ただリザルド持って来て渡すだけとか、牧場主の仕事じゃないのよ。ちゃんと勉強してくれる?」
「へぇ、こないだまで実家でちやほやされた娘っ子が言うじゃねぇか」
なんか向こうから喧嘩売ってきたクセに言い返したら凄んでくるだなんてケツの穴ちっちゃいやつね。これだから男って嫌なのよ。
若い女だからって侮ってんじゃないわよ。そういやこいつ、まだ名乗りもしてないじゃん。むかつく。
テーブルに乗り出してた体を支えている肘の側にビールが置かれた。
こんなところで毎日働いているからか、給仕の彼女も涼しい顔でさらっと素通りするみたいに立ち去って、こっちにからかいまじりの微笑みだけ向けて来る。
いろんな苛立ちをジョッキを一気飲みして腹に納める。
「お」
今さら驚きの声を上げる男の鼻先に掠めさせて空のジョッキでテーブルを叩く。木製のジョッキを縛る杯底の金具が楢のテーブルとぶつかって、ガン、と逞しい音を立てる。
「なんだやんのか?」
へぇ、この期に及んでまだにやにやし続ける? いい度胸じゃない。
「大人なんだからもちろん飲んだ分全部奢ってくれるんでしょうね?」
「二、三杯で酔いつぶれるんだろ? 痛くも痒くもねぇな。安心しろ、ここは宿屋併設だ、宿泊代も持ってやるよ」
ほーん、でかいでかいと思ってたけど宿泊もできる施設だったんだ。傭兵団は食いっぱぐれた浮浪者予備軍の受け皿になってるから宿無しの面倒も見てるわけだ。
組織としてはとても素晴らしい傭兵団っぽい。実際に所属してる傭兵がそれに見合ってるかは知らんけど。今のとこ、ろくでなしとしか会ってないけど。そいつは目の前のこいつだけど。
「ええ、そうね。樽の二、三も飲み干せばさすがにわたしも寝ちゃうかもね?」
くっくっと男がおかしそうに喉を鳴らす。
わたしが身の程知らずに大口叩いているって思ってやがるな?
いいだろう、教えて上げるよ。
わたしが牧場主になるために実家を追い出されるようにした、その決定打。一昨年の年末のお祝いで、お父さんが従業員のために用意したビール三樽を飲み干して反乱が起きかけたあの夜を、ここで再現してやろうじゃないの。
いつしか、わたし達のテーブルから立ち上る不穏な空気を感じ取ったゴロツキ達が集まってきて囃し立ててる。
賭けまで始まってまぁ、聴いてたらわたしに賭ける人がいなくて成り立たないとか大笑いが木霊する。
どいつもこいつも、バカにしやがって。
わたしは賭けの胴元を始めた大男を人差し指で招き寄せる。
「なんだなんだ? 見世物じゃねぇってか? お育ちが宜しいんだなぁ?」
こっちが口を開く前に半笑いで決めつけてくるな、クソ野郎が。
お前の知ってる女はどんだけ種類が少ないんだよ、見る目ねぇな。
いちいち付き合ってらんないから、わたしは黙って首に下げたチェーンを外して、そのペンダントトップに嵌めた銀貨を、こつん、と音を鳴らしてテーブルに置く。
「わたしに銀貨一枚。触んないでよ、絶対にわたしの懐に戻るものだからね」
この銀貨はわたしのお守りだ。
大男は腰を屈めてわたしが指先を離さないままの銀貨を覗き込む。
「サンクトゥルシア銀貨……はっ。貴族様に憧れてリザルド育てようって思っちまったのかい?」
「バッカじゃないの。わたしの実家が老舗牧場だっつの。年齢見てどっちが先かわかんないの? サンクトゥルシア様がリザルド育て始めたの、去年からでしょうが。こちとらもうリザルドに餌やって九年目だっての」
脳みそ出来合いのバカは話が通じなくて困る。
もちろん、リザルドの飼育が大好きなわたしが、同じ道で名を馳せつつあるサンクトゥルシア様を敬愛しているのは本当。でもそれは単に共通点がある偉い人だから、ってわけじゃない。
男社会のリザルド界隈で、女性なのにたった一人で相手取り、結果で実力を証明して自分の価値を世間に知らしめている。国宝リザルドを育て上げると最初に宣言した目標へ、今も着実に段階を進めているその生き様にこそ、わたしは憧れているんだ。
そんなわたしが、こんな下らない男ども相手に引き下がって泣き寝入りとかできるわけがない。
テーブルに二つのジョッキが打ち付けられて泡が跳ぶ。
さっきの給仕さんがそっとわたしの肩に手を置いて耳打ちしてきた。
「無理しちゃだめよ。彼、ちゃんと優しいから、意固地にならなくていいからね?」
へー、そー。
同じ女なのに、そういうこと言うの?
だからここにいる男がバカばっかなんじゃないの?
わたしはサンクトゥルシア様のお顔が刻印された銀貨を、指先で手繰り寄せて手のひらに握り込む。落ちないようにチェーンを手首に巻き付けた後に、銀貨を真ん中に置いた手でジョッキを掴んで一気に飲み干す。
「次」
今も目の前でにやにや顔をさらしてくれちゃってる男を睨んで、わたしはおかわりを催促した。
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