第2話
一九九二年十一月。基礎学校(グルンドシューレ)に入学してから四年が経った。十才になったぼくは、音楽系のギムナジウムへの入学を目前にしていた。この間もずっとノアの世話を毎日欠かさなかったけれども、ノアの騎乗はパパから禁止されたままだった。ぼくの身長は20センチほど伸びた。いっぽうノアはすっかり大人の馬になっていた。その栗毛はさらに美しさを増し、隆々たる肢体に魅了された多くの人から「ぜひ譲ってほしい」と要望されていた。騎乗を許さないパパ、ノアを欲しがる多くのひと、乗ることはできないけれど毎日世話を続けるぼくの三つどもえ。
バイオリンの修練も欠かさなかったし、どのコンクールに出ても入賞できていたけれど、パパは(ママも)頑なにノアへの騎乗を赦すことはなかった。ぼくもノアを手放さずに毎日世話をするので、もはや意地の張り合いの日々だった。でも、ノアの美しさを目の当たりにするたびに、ずっと世話を続けてよかったと感じていた。いや、その美しさゆえに世話を続けられたのかもしれない。
パパやママの目を盗んでノアに乗ろうとしたことが、まったくなかったとは言えない。でもそれをしてしまったら、確実にノアとの別れが待っていると知っていた。
世話を続けて、ノアと心を交し合えればいつかうまく乗れるかもしれないという淡い想いと、それをきびしく禁じられる葛藤。その思いをバイオリンにぶつけることで、ぼくの演奏力は益々研ぎ澄まされていった。
いわゆるエリートコースと言われているギムナジウムの入学も、学科試験の成績関係なく合格できてしまうくらいだった。ありがちな、周囲からの「親の七光りだろう」といったやっかみがまったく聞こえなかったことからも、ぼくのバイオリン演奏は周囲への説得力を持つことができていたと思う。
ノアに乗れない、という状況が皮肉にもぼくの演奏力を研ぎ澄ましてくれていたとうことかもしれない。ママもパパもこれを見越していたのだろうか? いや、そんなことはないと思う。単にぼくが怪我をしてバイオリンを弾けなくなることを心配していただけだろう。
なんでぼくはバイオリンを弾いているんだっけ。バイオリンはすでに体の一部だったし、演奏することは呼吸とすることとなんら変わりない。楽しいかどうかで言うと……、楽しいってなんだっけ? そんなことを考えているうちにギムナジウムのカリキュラムがはじまる。
奇しくもパパもママも演奏の仕事で多忙になっていた時期だったので、ギムナジウムからの下校後、外部のバイオリン講師からレッスンを受けることになっていた。
つづく
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