第5章 8 ナギサ パトリシア パート
ビーチバレーの決着がつき、両チームのリーダーが握手を交わしていた。
「完敗デス。パティとクラリスのコンジネイションが破れるとは、素晴らしい運動能力デス!」
「これでも球技には自信がありますの。賛辞は有り難く頂戴いたしますわ」
この一幕だけ見ればスポーツ漫画の試合後だ。
タオルとサンダルを持ち、京子さまの元へ行く。
「白熱した戦いでした」
屈み、おみ足を一つ一つ丁寧に吹きながら砂を払い、サンダルを履いていただく。
「キョーコはおじょーさまみたいデスネ!」
「みたいではなくお嬢様だ。それより気になるのだが、お前達は全力を出して戦ったのか?」
「うい?」
首をかしげるパトリシア。
「お前達は吸血鬼だかなんだかのハーフなのだろ?それならもっと力強く戦えたのではないか?」
「おぉ!なるほど!そういうこですか」
ポンッと手を叩き、パトリシアはあけっからんと笑う。
「勿論全力デス。でも、あくまでもボールが割れない程度に手加減をしての全力デスけど」
「割れ…それは全力と言えるのか?」
「勿論デス!ボールを割ってしまったら失格敗けになりマスから、全身全霊の手加減デス!」
「そうか…」
全身全霊の手加減、初めて聞く文法だ。結局それはどっちなんだ?
相変わらず掴み所がないパトリシアに呆れていると、視界が塞がれた。
「うわぁ!なんだ!」
「お次はナギサちゃんによるスイカ割りで~す」
聞こえてきたのはサラさんの声だった。
どうやら私は布で目隠しをされたようだ。
「勝手に決めないでください!」
戸惑いと怒りをぶつけていると、手に棒が当たった。
「はいはい、こういうのはノリと勢いが大事なんだって」
「いや、スイカ割りなどしたことが」
断ろうとしたその時、
「ナギサー!ファイトですわー!」
私の脳に京子さまの声が電流となり、響いた。
「棒を」
掌を差し出す。
「はいよ。頑張ってね」
必ず、仕留めてみせます!
「よーい、スタート!」
「ほっ!」
掛け声と共に私は片足を曲げ、軸足に当てるようにして回転する。
両腕を脇ほどの位置に上げ、バランスをとる。
回転を増していくと、ギャラリーから称賛が浴びせられた。
「凄いですね。バレエのダンスに見えます」
「綺麗なフォームだね」
「一切ブレんな」
「凄いバランス感覚だ」
「ナギサさんって器用なのね」
「カナタちゃんは両足で回るのがやっとだよね」
「それが普通でしょ」
「黄金の回転デス!」
「素晴らしいですわー!」
…………回っているし、声だけしか聞こえないが、ある程度は誰が何を言っているかわかるものだな。
口調の違う称賛を聴きながら、回転の速度を緩めていく。
そして、両足を地につける。
「いざ…」
棒を剣の如く構える。
早速怒涛の指示が飛んできた。
「前デス!」「前前!」「右ですよー」「右~」「左だよ~」「後ろですわ!」「前やで~」「右ですナギサさん」「ワンワン!」
むぅ…一歩目から方向がバラバラではないか。というかあの犬もいつの間にかついて来ていたのか。
まあいい、そんなことより向かう方向をどこにするべきか…。
聞こえてくる方向の声を分けていく。
パトリシア、サラさん、洋子さんの三人が前
クラリス、浅井、大和くんが右
相沢が左で、京子さまが後ろ
犬は知らん
……………なるほど、方向は決まった。
私は、右を向いた。
それからクラリスや浅井、大和くんの声を頼りに動く。
残った者達は「違うぞ~!」「騙されてるで~!」「わんわん!」とやいのやいの野次を飛ばしてくる。
だが、それも気にせず私は歩く。
「「そこ!」」
「!!はあっ!」
声を合図に棒を振り下ろし、パコンっと小気味の良い音が前方から聞こえた。
目隠しを取り、手応え通りスイカが割れている事を確認する。
「やったぁ!」
「おめでとうございます!」
「おめでとう」
応援してくれた三人……と一匹は嬉しそうにしていた。
犬よ、お前を信じてやれずすまん。
割れたスイカを皆で良い感じに分配し、ビーチにあるペンチに腰かけて、皆で食べはじめる。
「「いただきまーす」」
シャクシャクと実に美味しそうに食べる音が左右から聞こえてくる。
私も食べようかというタイミングで洋子さんからストップがかかった。
「なあなあナギサはん。なんであの三人とモプはんが言ってる方向が合ってるってわかったん?」
「え?ああ、その事ですか」
(狐だから動物の声がわかるのか)
納得しながら説明をする。
「わかったというより、人間性から消去法で残ったのが浅井達だったんです」
「人間性?」
「ええ、まずパトリシアはこういう時にふざけるだろうと確信していた」
「ひどいデス!」
「だからパトリシアと同じあなたとサラさんは除外。京子さまもお戯れがお好きなので違うだろうと決めました」
「バレていましたか」
「残りは右三人と左の相沢。浅井が右と言った次に相沢は逆の方を差した。これは迷ったが、右と言っている面子が真面目な集まりだったので、私は右と決めたんです」
「私って真面目なのかしら?」
「カナタちゃんは真面目でしょ」
私の推理を聞き、洋子さんは楽しげに微笑んだ。
「なるほどなぁ、狐に化かされんかったか」
「おあいにく様ですね」
シャクリと、スイカを一噛み。甘さとみずみずしさが口に広がった
各々がスイカを堪能し終えると、パトリシアは砂浜へ駆け出した。
「次はお城を造るデース!」
「城だと!?プライベートビーチにそんなものを勝手に建てて良いわけがないだろうが!」
パトリシアの発言に驚きながらも追いかけて注意をする。
しかし、パトリシアはきょとんとした表情。
「へ?砂のお城はダメデスカ?」
「す、砂?」
「はい。砂のお城デス」
「………デカデカとした本物の城を建てるわけではないのだな?」
「………………当たり前デスヨ」
とても冷めた表情で言われた。
「ぷっ……あっはっははははは!こりゃあまだまだ認識の違いがあるね!」
サラさんはベンチに腰かけて盛大に笑っていた。
「いくらなんでもお城を建てたりはしないよ。パトリシアとクラリスちゃんが魔法を使えるって言ってもね」
「ぐっ!ぬぬぬ……」
顔が赤くなっていくのを感じる。
だって!魔法なんてまだ理解できていないんだもの!
「まあまあ、サラもそこまで笑わないであげてくだサイ。ナギサも折角ここまで来たんですカラ、一緒にお城を造りまショウ!」
「む、むぅ。わかった」
「あ、勿論砂の方デスヨ?」
「わかってる!」
背後から和やかな笑い声がしてきた。
砂の城製作が始まり三十分。
最初はこんな子供のような事を……なんて不満に思いながらしていたのだが、やってみればなかなか面白いものだ。
いや、パトリシアがそう思わせてくれているのかもしれない。
年少の子供が造る、小さなバケツを重ねていくだけの物ではなく、土台を固め、その上に固めた縦長の円柱を刺し、指やどこからか持ってきた枝などでその円柱を掘って削って、見張り塔を作ったり、指で土台の側面を削ぎ落として入り口を作り、入り口の前に堀を作って橋をかけたり、城壁を作ったりと、ある種芸術に近い作り方をしていた。
開始から一時間。
完成した。
「出来たデース!」
「うむ。完成だな!」
二人で造った城を観察する。
先ほど述べたでサインに加え、尖った屋根のある塔や、台座の中心に大きな本体を作ったりと、色を付けられるなら本物と見間違う程の出来栄えだ。
「つい夢中になってしまったな」
「むっふっふ。熱意あってこその完成度デスヨ、ナギサ」
「ふっ、確かにな」
言われてみれば、雨上がりの晴天のような晴れ晴れとした達成感があった。
パトリシアもまた、誇らしげに完成した城を見つめていた。
「この城はナギリシア城デス!」
「却下だ」
「なんデスと!?」
パトリシアは驚く。
だってダサいじゃないか。
「だってダサいじゃないか」
「ショックデス!」
安直なネーミングに心と口が一心同体となった。元からか
「うぅ……しょうがないですね。とりあえず写真に残します」
そう言ってパトリシアは背を曲げ、地面に手を振れたかと思うと、地面からスマホを取り出した。
「な、地面からスイカが…」
「ん~?これは地面じゃなくて影から取り出したんデスヨ~?」
「影、から?」
「ハハハ、また説明しますね。それじゃあナギリシア城~。笑って笑って~」
スマホを横にして、カメラを構えるパトリシア。
「撮りマスよ~、はいチー」
その時である。
大きな波が城を襲った。
「ズ。え?」
「あ」
シャッターが切られる
ザバァッ!と津波がもろに直撃したナギリシア城。
「オーーーーノーーーーー!」
ナギリシア城 半壊。
「マイキングダーーーーム!」
「いつの間にか私物化したな、お前」
パトリシアの叫びが、波に削られたナギリシア城の惨劇を際立たせていた。
「うぅ……建国たったの数分デス…」
「カップ麺より短いとはな」
「これは怪獣の仕業デス…」
ヨヨヨと泣き、膝を抱えて無惨な城を見つめるパトリシア。
私はナギリシア城が化けて出ぬよう、パトリシアが使っていた枝を砂に差し込んで文字を加えた。
『ナギリシア城 怪獣被害跡地』と
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