第24話:パーティー①


 何千という数の金燭台の灯火が照らす王宮の大広間は、一言でいうなら煌びやかすぎる世界だった。

 天上から垂れ下がるクリスタルがふんだんに鏤められたシャンデリアは、人の影が床にくっきりと映るほど明るい。エイドルースの屋敷も蝋燭は惜しみなく使われていたが、王宮ともなると規模が違った。


 大広間は二つの空間に分けられており、ダンスホールでは豪華絢爛なドレスを纏った女性と、飾緒や勲章でタキシードを飾った男性がヴァイオリンやコントラバスなどの弦楽器の華やかな生演奏に合わせ踊っている。なんとも絵になる光景だ。

 もう片方の空間では同じように着飾った紳士淑女たちが、少人数のグループを作り笑顔で談話している。こちらは談話スペースらしく、友人同士で明るく笑いながら歓談する者もいれば、身体を密着させ耳打ちで愛の語らう仲睦まじい男女もいる。

 

 そんなやんごとなき貴人たちの間を優雅な足取りで歩いているのは、ワインやシャンパンを運ぶ給仕たちだ。彼らのすごいところは音もなく現れては空になったグラスを回収し、代わりのワインを手渡して再び音もなく消えるところで、その動きはプロフェッショナルそのものだった。

 パーティーを成功させるための影の立役者のすごさに気づいたリルゼムは、興味津々に彼らを見つめる──というのは建前で。


 ──なんでオレがこんなところに……。


 実際は場違いなところに来てしまったがゆえ、何をすればいいのかも分からず途方に暮れた末の現実逃避であった。


 二日前、王城で開かれるパーティーへの参加が突然決まった。主役はこの国の王の一人娘、つまり皇女殿下のルネリタ=ラーシャで、彼女の誕生日を祝うものらしい。

 

 無論、自分みたいな庶民が足を踏み入れていい場所ではないと断ったのだが、ツヴァルト曰くルネリタは気さくな性格で、信用ある人間の紹介があれば身分関係なく参加してもいいとのことらしく、あらよあらよという間に逃げ道を塞がれてしまった。 

 こうして顔も知らない皇女の誕生会に参加することになったのだが。


「……やっぱ場違いじゃん」


 背筋を真っ直ぐ伸ばしながら上品に談笑する紳士淑女たちの姿を、遠目に眺めつつリルゼムは愚痴を零す。すると、不意に隣から「そんなことないよ」との言葉とともに、シャンパンが入ったグラスが差し出された。


「そのタキシード、よく似合ってるし周りと比べて見劣りだってしてない。君は十分魅力的だ」


 口から砂糖を吐きそうなぐらい甘い言葉を囁いたのは、紺色に金刺繍のテイルコートを纏ったエイドルースだった。

 だが、こちらはこれが馬子にも衣装だと自覚しているので、嬉しくもなんともない。


「お世辞をどうもありがとうございます」

「お世辞なんかじゃない。君は綺麗な顔立ちをしてるから、どんな服だって似合う。……悔しいな、ツヴァルトがもっと早く招待状を持ってきてくれていたら、フォンダム家お抱えのテーラーにフルオーダーで作らせたのに」


 貴族のプライドだろうか、エイドルースは急拵えで用意したリルゼムのタキシードが気に入らないらしい。


「オーダーメイドなんてこの先一生着る機会ないので、無駄遣いするのはやめてください」

「君はまだ若いんだからいくらだって機会はあるし、これから私がたくさん作るよ」

「作らなくて結構です。そんなこと考える暇があったら、一刻も早くオレを解放してください。背中の傷だって、もうほとんど治ってるんですから」

「うーん、それは難しい」

「善良そうな顔で、サラッと絶望突きつけてくるんじゃねぇよ」

「こらこら、本性が出てるよ」


 外向け用の笑顔を貼りつけながら、リルゼムは言葉のナイフを飛ばし続ける。と、少し離れた場所で誰かがプッと吹き出した。


「まーた犬も食わない痴話喧嘩かい?」


 笑いながら二人に近づいてきたのは、白地に華やかな赤薔薇の刺繍が施されたテイルコートを纏ったツヴァルトだった。


「ツヴァルト様、こ、この度は お招きいただき──」

「堅苦しい挨拶はいいよ。言ったろ、俺は王族だけどぐーたらだから、普通に友だちと喋る感じでいいって」


 気軽に接してくれとツヴァルトに言われたが、リルゼムはハハッと軽く笑って流した。

 無礼講なんて目上の人間の巧言であって、信用したら痛い目を見る。

 日本人なら誰でも知ってることだ。


「お気遣いありがとうございます」

「意外に頑固だね」

「危険回避能力に長けてるって言ってください」

「エイドルース、お前の『リーベ』はいつもこうなのか?」


 溜息をついたツヴァルトが聞くと、エイドルースは困ってもいないのに眉を垂らして笑った。 


「まだ可愛いほうかな。いつもはもっと情熱的に歌ってくれる」

「それはそれはお熱いことだ」


 いや、今絶対二人でよからぬこと言っているだろ。リーベの意味は分からないが、背筋に寒気を感じたからこの直感は間違ってないはずだ。

 リルゼムは目を細めて二人を睨みつける。


「まぁ冗談は置いておいて。エイドルース、大臣たちがお前のことを探していたぞ」

「大臣たちが?」

「挨拶がてら娘を紹介したいと、鼻息を荒くしていた」

「それは面倒そうだな……」


 話を聞いた途端、エイドルースがげっそりとした様子で項垂れた。

 どうやら上流階級によくある<うちの娘を君の嫁にどうかね>挨拶らしい。


「これも仕事のうちだ。頑張ってくるんだな」

「…………すぐ戻る。リルゼム、君は──」

「彼は俺が見ておくよ」


 不安そうにこちらを見るエイドルースに、ツヴァルトが安心して行ってこいと促す。


「分かったが、リルゼムに手は出さないでくれよ。彼は今、私が鋭意攻略中なんだから」

「……本当に骨抜きにされてるんだな」

「二人とも、その気色悪い会話やめないと、本当に名誉毀損で訴えますよ」


 手を出すとか、攻略とか、骨抜きとか、そろそろ本当に気持ち悪い。庶民が大貴族や王族を訴えるなんて前代未聞だが、いざという時は伝家の宝刀でもなんでも抜いてやる。その勢いで二人を威嚇してやる。


「はは、ごめんごめん。それじゃ行ってくるから、いい子で待ってるんだよリルゼム」

「だから、そういうの!」


 言っても直さないことは分かっているが、一応苦情は出しておいた。その後ツヴァルトと二人きりになったリルゼムだったが、王族相手に何を話していいかも分からず、だからといって高貴な人間がするような洒脱な会話もできないので余計なことを言わないよう沈黙を決め込んだ。


 しかしその計画は、ツヴァルトが口を開いたことで早々に打ち破られる。


「……で、『お前』の目的はなんなんだ?」




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