第18話:エイドルースとパトリ
「今回は僕の勝ちっ」
「くそっ、もう一回勝負だ!」
「もちろん、受けて立つよ!」
名匠の絵画に美しい彫刻の置物、そして毎日取り替えられる生花が生けられた花瓶と、子ども部屋とは思えない気品溢れる場所に、大きな笑い声が途切れることなく響き渡っている。
笑い続けているのは勿論、部屋の主であるパトリである。
リルゼムが部屋に通うようになってから三日、パトリの様子は驚くほど変化した。
最初に見た時の真っ白な頬には赤みが増し、声にも張りが出てきて、さらには食事はすべて平らげるほどになったのだ。子どもは回復が早いことは知っているが、三日でここまで元気になるとは思わなかった。
ここまで劇的に改善したのは、不調の原因が心因性によるものだからだろう。どうやらリルゼムの『ゲームで遊ぼう大作戦』は功を奏したようだ。
「リルゼムお兄ちゃん、他にもまだ新しいゲームあるの?」
「もちろん! 謎解き宝探しにドロケイリバーシだろ? あとボウリングとか人生ゲームとかもいいよな」
「うわぁ、どれも初めて聞くゲームだね。楽しそう!」
新しいゲームを教える度に、パトリは目を輝かせて喜んでくれる。それが嬉しくてリルゼムもつい時間を忘れて遊んでしまうため、昨日なんて寝る時間を過ぎてしまいメリルに注意されてしまったほどだ。
しかもその時、パトリから「お兄ちゃん、まだ帰っちゃやだ!」と駄々をこねられたので、二人はすっかり打ち解けることができたと言ってもいいだろう。
これまで三年も伏せっていたので体力面での不安はあるが、この調子なら元気になる日も遠くはないだろう。そうなれば残る問題はエイドルースとパトリの仲直りだけ。
──あっちは大丈夫かな。
最愛の甥のためならなんでもするとは言っていたが、リルゼムが頼んだものは用意するのが大変なので、最低でも十日はかかるだろう。それまで手持ちのゲームが足りればいいのだがと考えていた時、不意に部屋の扉がノックされた。
「あれ、もう昼食の時間か?」
「え、さっき朝食べたばかりだよ?」
リルゼムとパトリはゲームを一旦中断し、開かれる扉に視線を向ける。
すると開かれた扉の向こうにいたのは、エイドルースだった。
「お、叔父さん……?」
突然現れた叔父の姿に、パトリの表情が固まる。
エイドルースのほうもなぜか無表情で、なぜかここではまったく必要がない裁判長の威厳も放っている。
──いやいや顔怖って。
和解したい甥を蛇に睨まれた蛙状態にしてどうするのだ。おそらく緊張しているのだろうが、これでは逆効果だとリルゼムは頭を抱えたくなる。
「ご、ごめんなさい叔父さん、すぐ、片づけるから……」
能面を張りつけたまま棒立ちしているエイドルースを見て怒っているのだと勘違いしたパトリが、カードや折り紙が散らばったベッドを慌てて片づけようとする。
その手をリルゼムが止めた。
「お兄……ちゃん?」
「大丈夫だよ」
不安そうにこちらを見上げるパトリに笑顔を向けてから、リルゼムはエイドルースを見遣った。そして目線だけで『何しに来た?』と問う。すると一言目になんと声をかければいいか迷っているといった顔のエイドルースが、半分口籠もりながら不器用な愛情を言葉にした。
「今日は、その……パトリに見せたいものがあって」
「見せたいものって?」
「庭に用意してあるんだが、体調がよければ一緒に来てくれないか?」
庭という言葉を聞いてリルゼムは、えっ、と目を丸く見開く。
まさか三日前に頼んだものが、もう完成したとでもいうのか。いや、そんなはずはない。なぜならアレは、三日やそっとで用意できるものではないのだから。混乱するリルゼムを尻目に、エイドルースはパトリに手を差し出した。
パトリが不安そうに眉を八の字に垂らしながら、こちらを見る。リルゼムは最初こそ戸惑いを隠せなかったが、エイドルースがパトリを泣かせるようなことをするとは思えなかったので、もう一度「大丈夫」と微笑んで小さな手を優しく握った。
「オレも一緒に行くよ。それなら怖くないだろ?」
「……うん」
パトリはリルゼムと手を繋いだままベッドからゆっくりと降り、そして空いていたもう片方の手をエイドルースのほうに伸ばす。
「っ! ありがとうパトリ。じゃあ行こうか」
嬉しそうに破顔したエイドルースとともにパトリ、リルゼムが横並びに並んで屋敷の廊下を進む。
図らずしてエイドルースと親子繋ぎをする結果となったが、これもパトリのためなら致し方ないと今回だけは我慢するリルゼムであった。
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