第16話:パトリ
メリルと驚きの再会をしてから二週間ほど経ったが、リルゼムはいまだエイドルースの屋敷で療養生活を続けていた。
しかし療養といっても背中の傷はかなり良くなっていて、生活に支障はない。つまり仕事にも復帰できる状態なのだが、エイドルースは刃物傷を甘く見てはいけないだのなんだといろいろ理由をつけて、一向に帰してくれない。
この屋敷での暮らしは正直、快適そのものだ。メリルたちは優しいし、時間になれば美味しい食事が上げ膳下げ膳で用意してもらえる。掃除や洗濯もしなくていい。だがその反面、毎日何もせず一日だらだらしているとどうしても罪悪感を覚えてしまう。
「無駄でももう一回頼んでみるか」
たしか今日は屋敷にいるはずだと、リルゼムは部屋を出て長い廊下を進む。すると突然曲がり角の先から焦りを含んだエイドルースの声が、聞こえてきた。
「待ちなさい! 走ってはダメだ!」
なんだろうかと声を方に足を向けると、次の瞬間ポスン、と小さい衝撃がリルゼムの腹に当たった。
「おわっ……っと」
リルゼムにぶつかったのは、くりくりの大きな瞳と雪のように真っ白な肌の幼い少年だった。
「君、大丈夫?」
声をかけると、少年は驚いた顔のまま固まってしまった。その姿を見てリルゼムはもしかして、と顔を覗き込む。
──この子がパトリかな?
パトリ=フォンダム。少年はエイドルースの兄・ヨシュアの息子で現在六歳。エイドルースの甥にあたる子だ。無論、【闇粛】の漫画にも登場している。
「痛くなかった?」
再びの問いかけにパトリはハッとした表情を見せると、足早にリルゼムの横を走り抜け去ってしまった。
「走ってはだめだと言っているだろう、パトリ! それと、ちゃんとベッドに戻るんだぞ!」
去っていくパトリにエイドルースが声をかけるが、焦っているのか声に力が籠もっていて、まるで怒鳴っているかのように聞こえた。
無論、パトリからの返事はない。
それを見てリルゼムは漫画の設定を思い出す。
確かパトリは三年前の父・ヨシュアの死以降、心因性による不調で体調を崩していて、一日のほとんどを寝室で過ごしている。そんなパトリと、叔父として心を通わせたいと願うエイドルースだが、仕事の忙しさもあって上手くいっていないのが現状、だったはずだ。
「恥ずかしいところを見せたね」
思い出しながらパトリが走っていったほうを見つめていると、エイドルースがこちらにやってきて謝罪を口にした。
「別にかまいませんけど、あの子は?」
一応リルゼムは初対面なので、パトリを知らない振りを装う。
「あの子はパトリ。亡くなった私の兄の子だ。母親も早くに亡くしているから私が引き取って育てているんだが、ここ三年ほど熱が出たり下がったりで伏せっていてね」
医者にも診せているが、原因が分からず困っているという。
やはりここは漫画と同じ設定だ。だったら、とリルゼムは意味ありげな視線をエイドルースに送った。
「ちょっと失礼なこと聞いてもいいですか?」
「また突然だね」
リルゼムがこんなふうに言う時は忌憚ない発言になると分かっているのか、エイドルースは一瞬苦々しい顔をしたが、すぐに両手を上げて「どうぞ」と頷いた。
「裁判長、あの子に嫌われてますよね」
「……君は超能力者か何かかな?」
「いや、今の様子見れば誰だって分かりますよ」
逆に分からないほうがおかしいだろう。
「ちなみにですが、理由は自覚してますか?」
「勿論だ。有効的な治療法を見つけてやれな私を、パトリは失望してるんだろう」
「0点ですね」
「へ?」
「それじゃ、一生あの子と仲よくなれないですよ」
「っ! 君にはパトリが心を開いてくれない理由が分かるのかっ?」
驚きに眼をカッと見開いたエイドルースが、物凄い勢いでこちらに顔を寄せてくる。しかも同時に両手を強く握られた。
「是非、私に教授してもらえないだろうか! パトリの気持ちが知れるならば、謝礼でもなんでもいくらだって払う!」
「近い近い近い近い!」
目がバキバキに決まってて怖いと、リルゼムは精一杯の力でエイドルースを押し返す。
「分かりましたから、離れて下さい! これじゃ喋れません!」
「あ……ああ、すまない」
ようやく離れた変態、もといエイドルースにホッとしながらリルゼムは息を整え、再度向き合う。
「教える前に一つ確認しますけど、裁判長、あの子のためならなんでもできますか?」
「無論だ。パトリが望むなら王国の一等地に禽獣園だって作るし、流氷が欲しいというなら吹雪吹き荒ぶ北の海から運んでくることだってやぶさかではない」
それはちょっとやりすぎだと思うが、それだけ本気なのだろう。親バカとはきっとこういう人間のことをいうのだ。彼の兄のヨシュアもパトリを溺愛していたというから、似たもの兄弟だ。
でも、これなら大丈夫かもしれない。
「言質取りましたよ。じゃあ、まず────」
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