第7話:お断りします



 ようやく人気のない草陰を見つけて腰を下ろす。一息つくと途端に両足と手が震え始めた。


「やっべぇ、めっちゃ緊張した」


 あんな大勢の前で話したのは生まれて初めてだった。しかも今回は責任重大だったから、内心ヒヤヒヤだったし心拍数も自分史上最速になっていた。あの場の人たちにこちらの見解を信じさせるため自信満々を振る舞ってはいたが、ボロは出ていなかっただろうか。


「あの男がキョドってくれてよかったよ……」


 傷の指摘をした時に挙動不審になってくれたおかげで説明に真実味が帯びたが、もしあの男が人を殺すことをなんとも思わない人間だったら、しれっと嘘をつかれてこちらが窮地に追い込まれるところだった。

 いまだ震えが止まらない両手をぎゅっと握りしめながら、リルゼムは膝を抱え込む。そうして再び安堵の息を吐こうとした瞬間。



「──衝動的に殺人を犯した人間の度胸など、薄氷同様に脆い。大勢の人間の前であれだけのことを言われれば、誰だって慌てふためくだろう」

「げっ……」


 二度と聞きたくないと思っていた男の声が背後から聞こえてきて、リルゼムは建前も忘れ、思い切り顔を顰めた。


「人の顔見てそれは失礼じゃないか?」 

「エイド、ルース様……なんのご用でしょうか?」


 なんで追ってきたんだよ。今からあの男の聴取が始まるだろうに、こんなところに来てていいのか。訝しげに目を細めて見遣ると、エイドルースは数多の婦女子悩殺間違いなしの笑顔を見せながらこちらに近づいてきた。



「私の仕事は罪を裁くこと。取り調べは別の職員の仕事だ」

「人の心読むのやめていただけませんか?」

「君が分かりやすい顔をしているだけだ」


 だったらこっちが拒絶百パーセントなのも気づいて欲しい。


「オレに何か?」

「さっきの話だが、よく刃物のもらい傷のことを知っていたな、と思ってね」

「ああ、あれは………その、たまたま似たような犯例が載った文献を読んだことがあっただけですよ」


 と、息を吐くように嘘をついたが、本当は大学で履修した犯罪心理学のおかげだった。

 その授業は法学部の必須科目だったのだが、実際に起こった事件や映画、ドラマなどを題材にして犯人の心理や犯行方法を学んだり、元刑事だった教授が知る裏話を聞いたりと、なかなか面白い授業だった。

 今回の刃物のもらい傷の話も、教授の「もし人を思いきり刺したい時は、布か何かであらかじめ手に刃物を固定しておくといいよ」という笑い話が印象強く残っていたから、すぐに出てきたのだ。


「なるほど、君は勤勉家なんだな」

「本当にたまたまです……というか人にそんなこと言ってますけど、裁判長だって最初から分かってましたよね?」



 医学的観点云々あたりで気づいたが、この男はおそらく最初からメリルが犯人ではないと分かっていたはずだ。それなのになぜか騒ぎが起きた後もずっと傍観していた。

 あの時、もしリルゼムが前に出て行かなかったら代わりに彼女の冤罪を晴らしたのだろうか。漫画のエイドルースなら弱き者を守るキャラだったからきっと疑わなかっただろうが、今目の前にいるこの男は最初の印象が悪すぎて信じることができない。



「私のことは気軽に名で呼んでくれと言っただろう」

「気軽な関係ではないので遠慮させていただきます」

「つれないな。君みたいな子は初めてだ」


 なんて言いながらまったく困った顔をしていないところが、バチクソ腹が立つ。


「いきなりですけど、あの時オレがいかなかったら、貴方が助けに出ていきましたか?」

「ん? なんのことだい?」

「いいから答えてください。オレがメリルさんの冤罪を晴らさなかったら、裁判長が代わりに晴らしてあげたんですか?」


 それとも見殺しにしたのかと、エイドルースを真っ直ぐ見据えて問う。


「それはどうだろうな。実際その状況になってみないと、なんとも」


 その答えを聞いて、リルゼムは心の中でカチリとスイッチを切り替える。

 よし、やはりこの男を漫画と同一人物だと思うのはやめよう。同じだと考えると闇粛を読み終わった後のあの感動が薄れてしまう。


「……そうですか」


 短くそう言ってから、リルゼムはエイドルースに背を向ける。


「どこへ行くんだい?」

「仕事がありますので」

「まだこちらの用事が終わってないよ。というより、今からの話のほうが本題だ。君は確か庶務課のリルゼム=パルナだったね」

「ええ、そうですが」

「実はいうと、さっきの君の勇敢な姿が目に焼きついて離れなくてね」


 あ、なんか嫌な予感がする。

 直感がビリビリ働くと同時にただならぬ寒気を感じ、警戒心が一気に頂点になった。



「君はとても優秀な人材だ。そのような人間を庶務課みたいな日の当たらない場所に埋もれさせておくのは勿体ない。もっと活躍できる部署で輝かせるべきだと思ってね。だから──」

「お断りします!」



 その一言は脊髄反射で口から出ていた。

 意表を突かれたエイドルースは、えっ? と驚きに口をぽかんと開けたまま時間を止める。リルゼムはその隙に勢いよく立ち上がると、「失礼します!」と叫び、再び脱兎のごとくその場から逃げ出した。


 ──やばい、やばい、やばい。


 リルゼムは全速力で走りながら、胸の内で「オレはなんてバカなんだ」と後悔を募らせる。いくら人助けとはいえ、あんなところで目立つべきではなかった。

 絶対にエイドルースと関わらない人生にしようと決めていたのに、まさか相手に気に入られてしまうなんて。

 このままでは無駄死にルート突入だ。

 

 ──オレは死にたくない。


 今日、エイドルースと出会って改めて思った。絶対にあの男には命は捧げないと。たとえ卑怯者だと罵られようが、闇粛の物語が改変されようが知ったこっちゃない。

 今一度自分の心に「絶対にエイドルースと関わるな」と強く言い聞かせながら、リルゼムは職場へと戻る道を進む。

 その決意は固かった。


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