ガラス戸の向こう

@yokonoyama

第1話

 家にあるガラス戸が好きではない。たいてい白っぽい擦りガラスになっていたり、どうやって作るのかは知らないが、ガラスに細かい模様が入っていたりする。そんなふうに透明なガラスではないから、人がガラスの向こうに来るとぼんやり透けて見える。そのぼんやり見えるというのが私は怖いのだ。体格や服装で家族の誰が来たのか見当はついても、戸が開けられるまでは本当にそうなのかわからない。だから、どきどきする。

 高校生の時に住んでいた家にもガラス戸はあった。けれども、そこは私があまり出入りしない部屋だったので、気にしないようにしていた。それから洗面所にドアがあり、その上部も擦りガラスがはめ込まれていた。洗面所のドアはふだん開けたままになっていて、壁側の位置にある。開けっぱなしの方が便利だからだ。ただ、洗面所は、その奥にある風呂の脱衣所も兼ねているので、夜、風呂に入る時はドアを閉める。しかし、ドアが閉まっていたら誰も洗面所に近づかないから、ガラスからぼんやり見えることはない。何より、そのドアは全体が擦りガラスでないから私は嫌だと感じていなかった。

 その日、私は定期テストの期間中で、昼前に家に帰って来た。ただいま、と言っても返事はない。親は働いていていない。兄も勤めている。兄の仕事は早番、遅番とあるので、私との生活時間がすれ違った時は、一日どころか何日も顔を合わせない。そんなわけで、作ってくれる人がいないから、昼食は自分で用意する。自室で着替えて台所へ行くと、洗面所のドアが閉まっていた。いつもなら開いていてドアは壁側にあるのにと思ったが、そのままにした。

 私は洗面所を背にして冷蔵庫を開けた。プリンとか、すぐ食べられそうなものがないかなと思ったが、なかった。お腹がすいて作るのがめんどくさい。冷蔵庫の横に流し台があり、その横にガスコンロがある。コンロにヤカンが置いてある。カップラーメンでいいやと思った。お湯を沸かそうとヤカンを持ったとき、背後に何かしら気配を感じた。後ろには洗面所のドアがあったのだが、そんなことは忘れていた。何げなく私は振り返った。

 すると、黒髪の人がうつむいている上半身が擦りガラスから透けて見えた。幽霊にしてははっきり見えているものの、家に誰もいないと思い込んでいたので混乱した。思わず、うわぁ、と大声が出てしまった。そして、その私の声に驚いて、洗面所の黒髪の人も、うわぁ、と大声を出した。兄である。勢いよくドアが開かれた。兄が風呂に入っていたのだ。洗面所のドアが閉まっている時点で誰が風呂に入っているかも、と思えばよかったのだろうが、私はまったく気づかなかった。油断した。上半身裸の兄はヤカンを持った私に向かって、どうした、虫か? 黒いアイツか? と言った。心配してくれる兄に、私はあなたに驚いたんですとは言えず、何でもない、と繰り返した。

 一部がガラスというドアも、嫌いになった瞬間だった。


                   (了) 













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