08 教団の影

 私は大河のほとりに立ち、朝焼けに染まる空を見上げていた。夢の星々の光が徐々に薄れていく中、北極星のような位置にある一つの星だけが、病んだような紫色の輝きを放っていた。その星は、かつてクロードが消えた方角にあった。


「ソラ様、朝食の支度ができました」


 アキラの声に振り返ると、今日も豪華な朝食が用意されていた。夢の星で採れた小麦のパンケーキに、霊獣から得られた新鮮な蜂蜜。そして、香り高い紅茶。私は口に運んだ瞬間、何かが違うと気付いた。


「この蜂蜜……邪気を帯びているわ」


 アキラの表情が曇る。


「はい。最近、霊獣たちの様子がおかしいのです。まるで……何かに影響されせいるかのように」


 それは、クロードが姿を消してから三年目の朝のことだった。


 私はデスクに向かい、現人神たちの情報を確認した。彼らの誕生は、確かに世界に変化をもたらした。しかし、その変化は必ずしも良い方向だけではなかった。特に気になるのは、「洗脳」の能力を持つ現人神、カイトの動向だった。


 彼の能力は、他者の記憶や認識を書き換えることができる。本来なら、トラウマに苦しむ人々を救うための力のはずだった。しかし、彼の行方は半年前から途絶えていた。


「ソラ様」


 アキラが急いで部屋に入ってきた。その手には一通の手紙が握られている。


「『救世教団』と名乗る組織が、現の世界で活動を始めたそうです」


 私は息を呑んだ。救世……その言葉に、既視感があった。


 手紙の内容は衝撃的だった。教団は、現の世界の腐敗を糾弾し、新たな秩序を説いていた。その教義は、人々の心に巧妙に入り込むように作られていた。


「世界は腐敗している。しかし、救世主は我々を導いてくれる」


 そんな言葉が、街角で囁かれ始めていた。私は即座に、ネフィリア家に連絡を取った。彼らの「影操」の能力は、密かな調査に最適だった。


 現在のネフィリア家当主、シャーロットは早速動き出してくれた。彼女の報告によると、教団は既に現の世界の各地に支部を持ち、影響力を急速に拡大していた。そして、その中心人物は……。


「クロードです」


 シャーロットの声には、緊張が混じっていた。


「彼は、カイトの力を使って、人々を洗脳しているようです。特に、現の世界で不当な扱いを受けた人々を狙っている」


 私は窓の外を見た。街には相変わらず人々が行き交い、夢の星へと向かう車が走っている。しかし、よく見ると、人々の表情が以前と違っていた。皆、どこか虚ろな目をしている。


 調査を進めると、さらに衝撃的な事実が判明した。教団は、人々の邪気を意図的に高めていた。それは、手紙による浄化システムを逆手に取った手法だった。


 通常、邪気は手紙となって誰かの心を照らす。しかし、教団は邪気の濃い手紙を大量に作り出し、それを特定の場所に集中させていた。その結果、夢の星の一部が黒く濁り始めていた。


「これは……」


 私は震える手で、データを確認した。教団の影響を受けた地域では、霊気と邪気の比率が著しく崩れていた。それは、単なる個人の不調和ではない。世界の均衡そのものが、脅かされていた。


 シャーロットは影の力を使って、教団の施設に潜入を試みた。しかし、そこで彼女が目にしたものは、想像を絶するものだった。


「大勢の人々が、まるで人形のように……」


 施設内では、カイトの力で洗脳された人々が、機械的に作業を続けていた。彼らは邪気を帯びた手紙を霊気の結晶に入れ、一体化させる装置を作っていたという。


「クロードの目的は、邪気の兵器化なのか……」


 私は思い返す。かつて、彼は人の世を終わらせると言った。そして今、その手段を手に入れようとしている。


 事態は刻一刻と深刻化していった。教団の影響力は、既に夢の世界にも及んでいた。新たに到着する魂たちの多くが、教団の教義に染まっていたのだ。


「ソラ様」


 アキラが心配そうに私を見つめている。


「大丈夫よ。まだ……間に合うはず」


 しかし、その言葉に私自身の確信は持てなかった。夜空を見上げると、黒く濁った星が徐々に増えていくのが見えた。それは、まるで世界そのものが病に冒されているかのようだった。


 そして、ある日の夕暮れ。シャーロットが重大な報告を持ってきた。


「教団が、最終段階に入ったようです」


 彼女の声は震えていた。


「クロードは……現の世界と夢の世界を、同時に浄化すると言っています」


 私は立ち上がった。窓の外では、夕陽が血のように赤く染まっていた。そして、その光の中で、黒い星々が不気味な輝きを放っている。


 時は、最終局面へと動き出していた。


「アキラ、準備をして」


 私は決意を固めた。世界の均衡を守るため、クロードを止めなければならない。しかし、その戦いは、私たちの想像をはるかに超えるものになるはずだった。


 大河の流れは、相変わらず静かだった。しかし、その水面に映る夕焼けは、まるで世界の終わりを予告しているかのように、不吉な赤さを増していた。


---


「続き! 続きはやく!」

「滅んだ世界の話だとしても気になるわよね。はいはい、落ち着いて。すぐに話すわ」


 夢羽は立ち上がり、空になったティーカップを流しに置き、また戻ってきた。

 私は沸かしていたお湯をティーポットに入れ、ソファに座った。

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