第31洞 対の鼓動
「な、なに何ナニ?!?!」
へその穴から勢いよく噴き出た水は、その真上で渦を巻きながら空中で留まった。最初は人の頭くらいだったその塊は、腹から絶えずどんどん噴き出る水を取り込みつつ大きくなっていく。
「ど、どういうことだ?」
流石の教授もこれが意味するところは分からないようだ。
「ディ、ディグ! 痛いところは?」
「特にない…… し、体も変化がない」
あれほどの水分を放出しているのに、どこか不調があるわけでもない。あれは一体何なんだ?
見学室の先生方も見る中、ある人が手を打って事態を直感した人がいた。
「破水だ!」
教授が叫んだ。
「
え、俺、死ぬの?
「え…… 嘘……」
見学室も何やら騒がしい。当の俺もどうしていいかわからない。
ぼんやりしていると、ベルが俺の隣にやってきて、突然泣きそうな顔で俺の手を取る。
「ディグ……」
「は、はは。なんだろなこれ」
「ディグ、好き」
唐突な告白。
「ベ、ル?」
俺は何かを察した。
同時に、余計な感情が消え去って頭の中がクリアになった。そのせいか状況がすんなりと頭の中で整理され、何となく自分の置かれた状況を悟った。
「教授、この状況をどう見ますか?」
「うむ、
隆起型…… 塔や砦、城を形成するダンジョンの核。果ては街を作るものもあるらしい。
「だとすると、最悪学園が飲み込まれることになりますかね」
「記録にない。しかし断言はできんがその規模には至らんだろう」
「でも、隆起型で宿主が生き残った例はほとんどないじゃないですか」
「……隆起型の多くはその生成質量が問題だからな。取り込まれて死ぬことがほとんどだ」
「ゼツリンがいたら喜ぶだろうな」
あいつは頼れるやつだが、所詮
「だが過去の記録に、人が隆起型より派生して生き残った例が二つある」
「! 本当ですか!?」
どぶん、とお腹から何かが飛び出す。
俺の声に反応するかのように、下半身にかかっていたマナ遮断の感覚が戻る。とほぼ同時にへそから血液のような赤黒い液体が噴き出し、空中にたゆたう水の揺りかごの中へと飲み込まれる。それら混ざることなく水の中で暗い玉を形成し、まるで大きな心臓のように鼓動を打ち始めた。
そしてやはり、俺には何の負担もない。
「一つは、かつての大迷宮災害。今では『
「それって、――魔王城、ですよね?」
教授は深く頷いた。
「とある町娘が
当時はまだ迷宮が魔王を作り出したと分からなかった時代、町娘の変貌は人々を混乱に陥れた。
「でもそれ、結局助かってないですよね?」
「だからもう一つの記録である……」
どくん。
今度はへその穴から無数の血管が伸び、空中の玉に繋がった。
「う、ああああああああああっ!!!!!」
今度は凄まじい激痛が全身を駆け巡った。
「ディグ! ディグ!」
ベルが必死に俺へ痛覚遮断の魔法をかける。しかし彼女の魔法は謎の障壁に包まれた俺には届かない。
お腹がひっくり返るような、筋肉が反対の動きをするように
神経が体内から全て抜けて、再度入ってくるような異物感。
「はっ、が、あ! っぐ!」
腹筋が仕事をしない、けど激しく痙攣する。痛みに歯を食いしばろうとすると顎の筋肉から力が抜ける。
声にならない声が何度も喉を通過し、空気が無限に行き来する。
「……止まった?」
教授のそんな言葉に俺は浮かんだ塊を見上げた。
「なに、あれ」
ベルが小さくつぶやく。
時折鼓動する赤黒い塊は、いくつもの管を俺と共有し、透明な液体の中で蠢いている。
「『闇あるところに、光あり』……」
それは伝説の一節。
かつて魔王リドルーが大陸全土を恐怖に陥れた際、ある若者が放った一言。
誰もが幼い頃に聞いた『勇者伝説』の一文だ。
「『そして、光あらば闇、再び』……!」
塊がモゴモゴと形を歪ませる。
激しくなるその動きに周囲の水が飛び散り、床や俺たちにまで飛びかかる。
「生まれるのか、ついに」
「教授! 何が生まれるっていうんですか!!」
まるで夢の中で授業をするような教授と、生と死の境目を激しく行き来する俺が、お互いが別の空間にいるような雰囲気の中、一瞬世界が失われた。
「なに? 何が起こったの!?」
真っ暗になった視界がベルの一言で再び光が灯った。
「……え?」
「は?」
「おおぉぉ……」
温かなぬくもり。ざわつく見学室。声を失う俺達。
「ふぁ……」
新しい、命。
「ォギャー! アアアー!」
「え、え? え??」
既に体から痛みは取れ、空中の塊は消えてなくなっていた。
状況は全く読めない。痛みに耐えた体は明らかに疲れ切っており、目の前の信じられない展開に頭が追いつかない。
でも、目の前の赤子が何なのか。直感で理解した。
「産まれた」
ベルと教授へ交互に視線を送る。ベルは俺が生きてることにボロボロと泣き崩れ、教授はずっとニヤついてる。どっちに喜んだ顔なんだろう。
この数時間で片玉問題とお腹に宿った迷宮の種問題、両方解決した勢いが脳の限界を突破したのか、充填が切れた魔工具のように俺の意識がぶっつり切れた。
◇
股間があったかい。
ぬるぬるとした感覚と、ほどよく締め付ける感覚。
体全体も温泉に入っている時のように、全身に熱い血液が巡っている。
だが、下半身が最も気持ちいい。
時折激しい快感が背筋を伝う。脳の本能的な部分が強く覚醒し、筋肉がそれにならって強く収縮を促す。
気持ちいい。
もっとほしい。
気持ちいい。
もっとしてほしい。
快感がピークに達すると、途端に脳が冷静になる。
巡る熱い血液は徐々に速度を落とし、不確かだった脳の働きを正常な、覚醒状態へと導いていく。
「あれ…… 俺、生きてる?」
自然と開いた瞼をこする。
ふわっと嗅いだことのある臭いと、何度か見覚えのある天井を見上げてそのギャップに頭が冷えた。
「え、俺、出した??」
病院にいる自分を再認識し、数日自分で処理してなかったプラス眠りにつく直前の醜態を思い出して、俺は掛け布団を勢いよく剥いだ。
「あ…… おはよう」
「なにやってるんですケミーさん」
「いや、教授に聞いて、来てみたら、気持ちよさそうな気持ちになって……」
彼女の手にはたった今俺から搾り取ったと思われる体液を大事そうに掬っていた。
しかし俺はそれを怒ることはせず、むしろきちんと機能が戻ったことによる安堵のほうが勝っていた。
「……もう寝込みを襲わないって約束するなら見なかったことにします」
「じゃあもうちょともらっていい?」
「ダメです!」
よく見るとケミーさんの格好もかなり攻めた服だ。初めて会った時より布の面積が少なくなってないだろうか。
「でも、おめでとう。産まれたんだって? 種」
「え、ええ。ひとまず峠を越えたというか、結局同じになったというか」
「ああ、これでしょ?」
ケミーさんは手のひらの上で俺の新しい睾丸を転がす。
「……まあ、そうなんですけど」
「いままでこんな症例聞いたことないわ」
まるで卵を愛でるかのようにころころと転がす。……ちょっと心臓がドキドキしてくる。
「そういえば、迷宮と子作りできるようになったとか言ってましたけど、冗談ですよね?」
俺はベルに治療してもらってた時の事を思い出した。
「あー…… 割と本気かもよ?」
「ケミーさんまでそう言うんですか!?」
俺が反論しようとすると、彼女は今まさに俺の睾丸を触っていた手を広げて見せた。
「?? 何も見えないですけど……」
「わたくしの
言われて思い出した。
彼女は体質として、ダンジョンのマナを感じると体に
「わたくしが子供を作れなくて悩んでるところに、キミと出会えたのは割と運命だと思ってた」
その手にキスをすると、そっと自身のお腹にあてがった。
「いろんな男と迷宮に出会ってきたけど、キミはずっとずっと特別」
そして、溢れた糸引く蜜を俺に擦り付ける。
「……このまま、シましょ?」
「ダメですって!」
「まさに! ここは病院でござる!」
部屋に聞き覚えのある声が響く。しかし、俺が想定する声の主の姿はない。
「……ミサオさん?」
「しまった!」
扉が音もなく開く。
「……覗いてたんですね」
「ち、違うでござる! その、様子を見に……」
「また新しい娘? キミもなかなかのヤリ手なのね」
「違いますよ! 一切手を出してないですから!」
言い合う二人の奥、最近見たことのある小さな影が通り過ぎて俺の真横にやってくる。
「ん」
「……あ、イレーナ、さん」
「二人とも、残念やけどディーの妻はわっちやで」
頬に優しくキスをしたイレーナさんが、爆弾発言を投下した。
「なんせ、裸で抱き合った仲やもんな!」
「ディ、ディグ殿ぉ!? お主、幼女趣味であったか!?」
「あら、小さいお嬢さん。裸で抱き合ったくらいじゃあ愛し合うとは言わないのよ?」
「そんなん問題あらへん! 大事なところペロペロし合ったしな」
「してませんよ! イレーナさんだけでしょ!」
「それなら、わたくしも今しがた」
「二人とも俺の許可なく触ってるじゃないですか!」
「なんと…… ディグ殿は色を好む方であったか。ならば!」
「待って待ってミサオさん! 服を脱がないで!」
止めようと上体を起こすと、途端に周りが静かになった。
しかし、女性陣はまだ口をパクパクさせている。そして声が聞こえなくなったことに気が付いてなにかすごく慌てふためいている。
「――病院では、静かに」
あ、この人の
「ディグちゃん、――説明はいいよ」
音もなく俺の隣にやってきて、イレーナさんの束縛を引っぺがす。
「ディグちゃんが誰を好きになるとか、誰とセックスしたとか、――私は気にしない」
そして両手で頭を掴み、鼻が当たる勢いで唇を重ねる。
音を消されていなければすごい音がするほどの激しく濃厚なキスは、何度も息継ぎを挟んでも止まることはなかった。何度も左右を入れ替え、滴る唾液を気にせず、ただ彼女のされるがままに貪られ、気が付いたら鎖骨に水たまりができていた。
「はぁ、はぁ…… マイナ姉さん、ちょ、激しすぎ」
「やれやれ、一人にしておけないな、君は」
「うぐ、教授!」
部屋の外から覗き込むように教授が声をかける。いや、そりゃ入れないだろうこんな部屋に。
流石に異性がやってくると他の女性陣は身だしなみを整えていったん引いてくれた。
「お邪魔、だったかな?」
「むしろ助け船です」
「はははは! まあ吾氏はフレオールがいれば満足だが、ディグラッド君は君だけの問題じゃあないぞ」
「……どう言う意味ですか?」
「その前に体調はどうかね?」
「あー、色々と健康です」
俺はケミーさんに視線を送りながら答えた。
「ほほう。そりゃいい。母子…… いや、父子ともに健康のようだな」
「あっ、そうだ! 子供、どうなったんですか?」
「うむ。今は色々検査中だが、ほどなく君の元に帰ってくるよ」
「そ、そうですか」
正直怖い。
そもそも身に覚えのない妊娠に相手が迷宮ときている。
俺が無事だったこともあって恐怖の対象からは距離を取りたいとも思うが……
「不安かね? いや、不満かね?」
「……どう、なんでしょうね。ここ数カ月は生活を共にしてるし、ピンチを救ってもらったりもしてます。情がないとは言わないですが」
微かに、抱き始めている感情もある。
「会ってみたい、とは思ってます」
「子供はいいぞ!」
教授は俺の背中をバシンと叩く。めっちゃ痛い。
「それに、事情やケースはさておき、君が作る子供に我々はとても興味がある」
「……へ?」
話が少し変わってきた? いや、変わってない?
「手術室で話してたこと、覚えているかね?」
「え、ええ。魔王の話ですよね?」
「うむ。もしかしたら、君は『勇者』を出産した可能性が高い」
誰かが生唾を飲み込む。
「環境型の特化変異種、魔王と対を成す迷宮核。医師と
「ま、待ってくださいよ!」
「そしてこれの示すところは……」
ここ何十年も、魔王核も勇者核も誕生していない。
そして歴史上、この二つが別々に生まれたという記述はない。
「魔王がどこかで生まれたという可能性が、非常に高いと言うことだ」
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