第2話
あの日以来、如月が何かと俺に話しかけてくるようになった。
教室で見かければ隣に座ろうとするし、講義の後には
「ねえ、斎藤くん、お昼一緒にどう?」
としつこく誘ってくる。
本気で嫌がっていたわけではないが、もともと一人で行動することに慣れている俺にとって、彼女の積極性は少し負担だった。
それでも、あのとき涙ながらに
「ちゃんと私を見てよ」
と訴えてきた彼女の姿が頭に残っていて、結局は断りきれずに付き合ってしまうことが多い。
「今日はパンにする? それとも学食?」
学食の前で悩んでいると、如月がニコニコしながら俺に選択肢を提示する。
俺は肩をすくめて、
「どっちでもいいよ」
と答えた。
「じゃ、パンでいっか!」
如月はすぐに答えを出し、腕を組むようにして俺を引っ張っていく。
周囲の視線を感じて、俺は内心苦笑する。華やかなギャルと、地味な俺が並んでいるのだから、目立たないはずがない。
パンを買って、学内のベンチで二人並んで食事をしていると、彼女はじっと俺を見つめてくる。
「ねえ、斎藤くん。あのとき、私に優しくしてくれたのって、どうして?」
不意の質問に、パンをかじっていた俺は少しむせそうになる。
「……どうしてって、別に大した理由はないけど」
「いや、あるでしょ? 普通、あんな泣き崩れたギャルなんて、鬱陶しいって思うじゃん?」
彼女の目は真剣そのものだ。俺はパンを置き、少し考え込む。
確かに、彼女が泣き崩れたとき、普通なら面倒ごとを避けてそのまま立ち去るのが正解だったかもしれない。
「ただ、君が本当に傷ついてるように見えたからだよ」
俺がそう答えると、如月は一瞬驚いたように目を見開き、次の瞬間にはぷっと吹き出して笑った。
「何それ、めっちゃ真面目じゃん! あんた、ほんと変わってるよね~」
からかうような口調だったが、その笑い声にはどこか温かさが混ざっていた。
それにしても、こうして話していると、如月が本当に「派手なギャル」でしかないのか疑問に思えてくる。
確かに見た目は派手だし、言葉遣いも軽い。しかし、彼女はどこか普通の女の子らしい一面も持っているように感じられた。
「まあ、こうやって一緒にいるのも悪くないでしょ?」
突然、如月は俺に向かって悪戯っぽく笑みを浮かべた。
「ねえ、これってさ、デート……だったりする?」
「えっ?」
あまりにも直球の言葉に、俺は思わずパンを落としそうになる。
慌てて否定するように首を振ったが、如月は俺の動揺を見て楽しそうに笑った。
「冗談だってば~。そんな顔しないの。ほんと、斎藤くんってからかい甲斐あるよね!」
俺は何も返せずに彼女の笑顔を見つめてしまった。
彼女の表情は、前に見た涙に濡れた顔とは全然違う。本当に楽しんでいるようで、その笑顔が、妙に眩しく感じられた。
ある日、講義が終わった後、如月は俺を待ち伏せしていたらしく、教室の外で腕を組んで立っていた。
「斎藤くん、ちょっと付き合ってよ!」
「え、どこに?」
「いいから、ついてきて!」
如月はそう言うなり、俺の腕を引っ張り、校舎を出る。
抵抗する間もなく、俺は彼女に連れられて大学近くの公園にやって来た。
夕方の柔らかい光が公園の木々を照らし、風が心地よい。何をするつもりかと身構えていると、如月はベンチに腰を下ろし、俺をじっと見つめた。
「ねえ、あんた、私のこと嫌い?」
唐突な問いに、俺は一瞬言葉を失う。彼女の目は真剣で、ふざけている様子は一切ない。
「嫌いじゃないよ。ただ……どうしてそう思ったんだ?」
「……だって、あんた、最初に私を振ったとき、全然迷いもなかったじゃん」
如月は苦笑しながら、少しだけ視線を落とした。
「私は、結構ショックだったんだよ? 自業自得ってのはわかってるけどさ……あんなに冷たくされると、やっぱり凹むじゃん」
その言葉には強がりが見え隠れしていて、俺はどう返すべきか迷った。確かに、あのときの俺の対応は冷たかったのかもしれない。
「……あのときは、ごめん。でも、君が本気じゃないって思ったから、そう言ったんだ」
「うん、わかってるよ。あんたが悪いわけじゃない」
彼女は笑顔を作りながら、じっと俺の顔を見つめてくる。
「でもさ、もし……もし私が本気だったら? あんた、私を振らなかった?」
「それは……」
如月の真剣な眼差しに、俺は思わず言葉を飲み込んだ。
どう答えるべきか悩んだが、結局のところ、今の俺には彼女の気持ちが本当かどうか見分けることはできない。
だから、下手なことを言って彼女を傷つけるのは嫌だった。
「俺にはわからないよ」
「……そっか、やっぱそうだよね」
如月は力なく笑う。そして、しばらくの沈黙の後、ふいに顔を上げて俺をまっすぐ見つめた。
「ねえ、斎藤くん。私、もう一度、ちゃんと告白していい?」
「……え?」
「今度は、嘘じゃなくて。本気で。だから、お願い。もし……もし本当に振るなら、ちゃんと私を見てからにして」
彼女の真剣な眼差しに、俺は圧倒される。先日とは違い、今の如月はただ泣き叫んでいるだけの女の子じゃなかった。
自分の気持ちを伝えようと、必死で言葉を選びながら俺に向き合っている。
俺は息を吐いてから、ゆっくりと頷いた。
「……わかったよ。君が本気なら、俺もちゃんと受け止める。だから……もう泣くなよ」
如月は目を見開いたあと、ふっと柔らかく微笑んだ。
その笑顔には、前のような悲壮感は一切なかった。
「うん……ありがと。やっぱ、あんた優しいよね」
彼女の微笑みを見て、俺も自然と頬が緩むのを感じた。
その瞬間、ようやく俺は如月の本当の顔を見たような気がした。
彼女が求めていたのはただの同情じゃなく、「ちゃんと見てほしい」という心からの願いだったんだと。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます