第27話 冬休みの一幕

「……うぐー、もーしんどーい」


 こたつのテーブルにノートと教科書を広げていた咲希が、シャーペンを離して、力無く頭から突っ伏す。


「おらー、頑張れよー。じゃないと宿題終わらねえぞー」


 冬休みもあと数日で終わるということもあり、今は宿題の追い込みを咲希にさせているところだった。


 咲希はいつも長期休暇の宿題をギリギリまで放置するタイプなので、休みが終わる数日前に、いつもこうして面倒を見る羽目になる。


「ったく、お前はいつもいつも。こうなるって分かってるんだからコツコツやっておけって言ってるでしょうが」

「うぅー……だってぇ……」

「だってもクソもありません」


 言い訳がましい咲希をぴしゃりとシャットアウト。

 俺はきっちり終わらせているので、何とでも言えるしな。


 鼻を鳴らしていると、咲希が俺をうかがうように上目遣いをしてきた。


「……か、海斗って実は優しいよね」

「見え透いたお世辞で宿題を手伝わそうとすんな」

「うぐー……!」

「あとお前んとこのおばさんたちにも手伝えって言われても手伝うなって言われてるから」

「家族からの手回し!? この世の全てが敵だぁ!」


 吠えられてもどうにもならない。

 この状況を解決する術はもう、自分の手で宿題を進めて終わらせるしかないのだから。


 改めて力無くテーブルに突っ伏した咲希だったが、何かを思い付いたらしく、「そうだ!」と勢いよく顔を上げる。


「宿題なんてこの世から消してしまおう!」

「それが出来たらお前は全世界の学生から神として讃えられて後世まで語り継がれるだろうな」


 ツッコミながら咲希の頭に軽くチョップ。

 あうっと声を漏らして頭を抑える咲希に諭す。


「バカなこと言って現実逃避してる暇があったら手を動かしなさい」

「うう……そもそも海斗が勉強ちゃんとするタイプなのも納得いかない……」

「誰が見た目不真面目系だ失礼な」

「だっていつもやる気無さそうにぼーっとしてること多いじゃん!」

「人を見た目で判断するなってことだ。いい勉強になったな」

「勉強嫌だー!」


 勉強という単語に拒絶反応を起こしてしまった。

 やれやれ、いつものことながら前途多難だな。


 肩を竦めていると、玄関の方からカチャリと音がした。


(お、帰ってきたか)


 扉が開く音が閉まる音に変わり、足音が廊下を通ってこっちに近付いてくる音がして、


「ただいま」

「ただいま帰りました」


 お菓子類や飲み物の買い出しに行っていた蓮と凪が戻ってきた。


「……お帰りー、2人ともー」

「お帰り。悪いな、買い出し頼んで」

「じゃんけんの結果だし、仕方ないよ」

「それで、咲希ちゃんの進捗はいかがですか?」

「まあ、見ての通りだ」


 凪は咲希を一瞥し、そっとため息を吐く。


「芳しくない、と」

「失礼な! さすがにちょっとは進んだもん!」

「俺たちの想像するちょっととお前のちょっとには多分齟齬があると思うぞ」


 恐らく1分と1時間くらいは違う。


「まあまあ、咲希だってやる気はあるんだしさ。いつもみたいに長い目で見てあげようよ」

「蓮……!」

「そいつ、さっき宿題をこの世から消してしまおうとか言ってたぞ」


 とてもやる気がある人間のセリフとは思えないが。


「もー! 海斗はいつもそうやって茶々を入れるようなこと言って水を差すー!」

「はいはい。俺が全部悪いですね。そんじゃ、宿題を進めてください」

「むー!」


 頬をパンパンに膨らませた咲希が抗議の目を向けてくる。

 それを見ていた蓮が、「まあまあ」と場を宥める。


「まだ時間はあるんだし、少し休憩にしていいんじゃないかな?」

「……まあ、咲希ちゃんの集中力もすっかり切れちゃってるみたいですし、詰め込み過ぎたら逆効果かもしれませんしね」

「そ、そうそう!」


 助け舟を得た咲希が高速で頷く。

 そんな咲希を見て、俺は大きくため息を吐き出した。


「ま、色々言ったが、咲希なりにやってたのは見てた俺が知ってるしな。好きにしろよ」


 なんだかんだ、咲希が宿題の提出を遅らせたことも、ギリギリだけど赤点も取ったことも見たことないしな。


 信用してもいいだろう。


 許しを得た咲希が早速と言わんばかりに、買い物袋の中からお菓子を取り出して、袋を開ける。


「あ。あまり食べ過ぎちゃダメですよ? 眠くなっちゃいますし、今からお昼ご飯だって作るんですから」

「ふぁーい」


 ぽりぽりぽりぽりと細長いチョコ系のお菓子を齧りながらする返事はどこか間抜けだった。


 凪はやれやれと苦笑を浮かべ、キッチンへ向かう。

 どうやら、早速昼食の準備をするらしい。


「シェフ、本日のメニューは?」

「カレーとシチューどちらがいいですか?」


 凪がキッチンに置いてあった袋からカレーとシチューのルーを取り出す。


「……それは悩ましい話だね」

「宿題やってる時より真剣な顔してんじゃねえよ」


 どこに頭使ってんだ。


「俺はどっちでもいいから、皆に合わせるよ」

「俺も同じく。咲希が食いたい方でいいよ」

「んー……それじゃあ……カレー!」

「はい。承りました」


 咲希の注文を受けた凪が調理の準備に入る。

 それを見て、俺はこたつから出てキッチンに向かう。


「手伝う」

「ありがとうございます」

「あ、それならわたしも——」

「「遠慮してください」」


 声を揃えた俺たちに、咲希が不満そうに口を尖らす。


「食材切るくらいわたしにも出来るもん! というか練習しないと上手くなりようもないじゃん!」

「……ふむ。一理ありますね。では、にんじんでも切ってもらいますか」

「いいの!?」


 咲希がパーっと顔を輝かせ、意気揚々とキッチンに乗り込んでくる。

 俺には死神が入ってきたようにしか思えない。


「ではまず、にんじんの皮をピーラーで剥いてもらってもいいですか?」

「え? にんじんって皮剥けるの?」

「はい、ご退出願って」

「お帰りはあちらです」


 俺たちは息の合った連携で死神、もとい咲希をキッチンから追い出した。

 不満気な声を上げる咲希に俺は取り合わず、告げる。

 

「作るのに時間かかるんだし、もう宿題やってろ。今のままだと作って食べるまで長く休憩取りそうだし」

「そうですね。甘やかした私たちが間違ってました。ちゃんとやらないとお昼ご飯食べさせてあげませんから」

「そんな!?」


 咲希はガーンッとした表情をして、助けを求めるように蓮を見る。

 しかし、蓮は苦笑を浮かべるだけ。


 今度こそ助けはいないと察したらしい咲希は、すごすごと教科書とノートに向き直ったのだった。


 慈悲はない。

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負けヒーローと負けヒロインが、いずれ付き合うまでの物語 戸来空朝 @ptt9029

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