第20話 負け組たちは選択する
「……まさか、こんなことになるとは」
やや薄暗い部屋の一室。
俺は深い深いため息を吐き出して、片手で顔を覆う。
そんな俺をからかうように、室内には誰かがシャワーを浴びている音が響いている。
(いや、まあ……誰かって言うか……)
——凪なんだけども。
ついでに言うと、ここは俺の部屋とかじゃないし、まだ日付は変わらずクリスマスイブの夜、真っ只中。
そんな状況下で、俺たちは俺の部屋じゃない一室……聖夜に最も売り上げが上がるであろう名称のホテルに泊まる羽目になってしまっていた。
どうしてこうなったのかという経緯を説明すると、話は少し前に遡ることになる。
*
「……これ、いくらなんでも降り過ぎじゃないですか?」
凪が目の前の光景……吹雪と言っても差し支えない程降り始めていた雪を見て、呆然と呟く。
「神様もカップルの為に張り切って大盤振る舞いしてんだろうよ」
いや、食事をしている最中なんかは窓の外に見えた雪の量はまだ常識的で綺麗だったのだが。
店を出る頃には、クリスマスムードもへったくれもない程の豪雪になってしまっていた。
なんなら既に積もり始めているレベル。
「これ、電車止まってるんじゃ……」
「……いや、まだ雪では止まってないみたいだが」
俺はスマホの画面を凪に見せる。
そこには、人身事故の為、運転見合わせという情報。いつ動くかは未定という絶望の文字も添えられていた。
この分だと完全に積もるだろうし、今日中には動かないと見てもいいだろう。
「ひとまず、お母さんに迎えに来てもらえないか連絡してみます。からかわれるでしょうけど、背に腹は変えられません」
「俺も母さんに連絡してみる」
とりあえず、それぞれが親に連絡をしてみることに。
その結果は、
「……だめでした。お父さんがお仕事に行くのに使っていて、今夜は雪の影響で会社の近くのホテルに泊まるから帰ってこないって」
「うちも同じ感じだった」
そもそも、もし迎えに来てもらえるとしても、この雪じゃ車の方も渋滞していつになるかは分からない。
「一応駅には行ってみるか。それからどうするか考えようぜ」
「……そうですね」
どちらにせよ、このままここにいるわけにはいかない。
そんなこんなで、俺たちはひとまず、駅へと移動したのだが、
「……やっぱこうなるよな」
駅の中、激混み。
タクシー乗り場も拍手したくなる程に見事な混雑具合だった。
(この天気じゃなかったら待つ選択もあるが)
もう既にかなりの寒さの上、頭上からは降り積もる雪。
これからまだどんどん気温が下がるだろうし、タクシーを待つ為にはどうしたって外の列の中に並んでおかないといけない。
(そんな中、凪を待たせるなんて論外)
確実に風邪を引かせてしまう。
そんなことになったら、外に連れ出して県外に行くと言い出した手前、俺のせい以外のなにものでもない。
「ちょっと駅の周り歩いてみるか。もしかしたら運良くタクシーが捕まるかもしれないし」
「はい」
そこに一縷の望みをかけて歩いてみるが、タクシーは見つからず。
多分、駅に全部吸われている感じなんだろう。
と、なるといよいよまずい。
「……悪い。俺のミスだ。雪降るって分かってたのに」
「それなら私も知ってましたし、ここまで酷くなるなんて予想をしてなかったのは私だってそうですよ。どっちが悪いとかないです」
毅然として言い返されてしまい、俺は返す言葉も見つからなかった。
(って、嘆くよりも先にやることがあるだろ……!)
そんなことよりもこの状況をどうするかを考えろ。
弱りそうな心に喝を入れ、俺が再び思考を巡らせていると、
「海斗君」
凪の声に思考を遮られた。
その声はどこか真剣味を帯びていて、有無を言わさないような迫力があった。
「……こうなったら泊まりませんか」
「は?」
こいつ、今なんて……?
理解が追い付かずにいると、凪が続ける。
「泊まりましょう。ちょうどそこにホテルがあります」
凪が指を差したのは、ちょうど目の前にあった休憩が出来るタイプのホテルだった。
「いや、お前……それマジで言ってるん、だよな……」
言いつつ、こいつはこんな冗談を言うようなタイプではないと思い、自己完結した。
こいつはマジで言っている。
それでも否定をしないといけないと思って、言葉を探すが否定する材料が見つからず、閉口してしまう。
俺が何も言えずにいると、凪がまた口を開く。
「普通のホテルはまず予約が取れませんし、漫画喫茶みたいな所も、きっと年齢を確認されるでしょう。となると、もう選択肢はこういう所しかありません」
確かに、こういうホテルは場所によっては年齢を誤魔化せるとは話だけは聞いたことがある。
でも、だからって……。
「お前は、本当にそれでいいのかよ」
ここで躊躇わずに即決出来る程、俺はバカにはなれない。
凪は、そんな俺から目を逸らさずに小さく微笑んだ。
「私、海斗君を信じてますから」
どこまでも真っ直ぐ過ぎる、目と声。
これで信頼を裏切るようなことが出来るわけがない。
俺は短く息を吐いて、
「2人仲良く風邪引くよりはマシか」
「それはそれで有りだと思いますよ。特に仲良くの辺りとか」
気まずさを感じない為に、結局軽口を叩き合うことをして、俺たちはホテルに向かって足を動かした。
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