第17話 海斗が語る時、カーテンの向こう
「わ、これ可愛いです」
店に入るなり、近くに飾られていた白いタートルネックのニットセーターを見て、凪が目を輝かせた。
「それちょうどセール中の品みたいだし、試着してみれば? 似合うと思うぞ」
服の良し悪しとか流行とかはよく分からないが、これが似合っているかどうかはさすがに判断が出来る。
まあ、凪の場合素材が良過ぎるし、何を着ても大体似合うという前提はあると思うが。
「ありがとうございます。でも、色々と見てからまとめて試着しようと思うので」
「それもそうか」
1個1個試着挟んでたら時間かかり過ぎるし。
その後も服を真剣に見て吟味する凪に付いていき、適宜コメントをしていく。
と言っても、凪は自分にちゃんと自分に似合いそうな物を知っていて、似合わない物はそもそも選ばないので、俺の出来るコメントなんてたかが知れていたのだが。
「では、試着してきますね」
服を選び終えて、何着か手に持った凪が店員案内されて試着室の中へ消えていく。
「慌てなくていいからなー」
声を投げかけてから、試着室の前に置いてあるベンチに腰を下ろした。
(とりあえずモール内の飲食店でも調べとくか)
先に良さげな店見つけといた方が効率いいからな。
「可愛らしい彼女さんですね」
スマホを触っていると、近くにいた店員が話しかけてきた。
顔を上げると、にこにことしている店員が。
「いいですね、クリスマスデート!」
その言葉に、俺は肩を竦めて答える。
「残念ながら彼女じゃないんですよ」
*
(凪目線)
『可愛らしい彼女さんですね』
店員さんのその声に、着替え始めた私はああ、またかと思った。
それは海斗君と2人でいる度に、周りからよく聞こえてくる言葉の1つ。
まあ、実は海斗君と2人でお店に出掛けたことはあまり無いのだけれど。
それでも、耳にタコが出来る程に言われたことなので、今更動揺も何もなかった。
やれやれと嘆息しながら、上着を脱いだところで、外から会話の続きが聞こえてくる。
『いいですね、クリスマスデート!』
『残念ながら彼女じゃないんですよ』
「……っ」
どうしてか、海斗君が残念ながらと口にした瞬間、少しだけ息を呑んでしまった。
海斗君のことだから、皮肉気味のニュアンスで言ったことだというのは分かるし、なんなら肩を竦めながら言っている姿すら想像が出来る。
……だと言うのに。
(何を動揺しているんですかね、私は)
やれやれと肩を竦め、私は着替えを再開する。
『え、そうなんですか!? す、すみません! 私てっきり……!』
『気にしないでください。よく勘違いされるので。男女が一緒に遊ぶ弊害ってやつですね』
『いや、それもあるんですけど……お2人の雰囲気というか、距離感が、その……あまりにも付き合っているもののそれだったので……』
「……っ」
その言葉に、私は再度動揺してしまう。
(いや、付き合ってる云々とは散々言われましたけど……そこまではっきりと言葉にされると……)
いくらなんでも、少し気恥ずかしさが込み上げてくる。
と言うか、やっぱり私たちの距離感は周りから見れば相当おかしく見えるらしい。
(そりゃ、自覚はありましたけど)
けれど、私たちはお互いの気持ちがどこにあるのかを知っているから、私たちは勘違いしないってお互いに知っているから、それでいいと思っていた。
でも、改めてこういう風に口にされると、自分たちが間違っているのかとも思ってしまう。
(海斗君は、一体どう答えるのでしょう)
気付けば、私は着替える手を完全に止め、外の会話に耳を傾けていた。
『……まあ、そうですね。確かに距離は近いと思います。少なくとも、周りから誤解をされても仕方ないくらいには』
「……っ」
『でも、彼女といるのは楽しいですし、居心地がいいので』
「……っ!」
『自分たちがそれで納得しているし、俺たちはこれでいいと思ってます。今更距離感が変わるのは違和感がありますし』
心に染み渡るようなどこまでも優しい声音。
そう思ってくれることが、そう言ってくれることが嬉しかった。
自分と同じ考えでいてくれることも、それをちゃんと口にしてくれたことも、嬉しかった。
だからか、不思議と鼓動が高鳴ってしまう。
鏡の中の私は、少し緩んだ頬を赤く染めていた。
(……まったく、しょうがない海斗君ですね)
嬉しくて仕方ないくせに、そんな風に照れ隠しをしてしまうくらいには、気分が高揚している。
(こんな顔見られたら絶対にいじられますね)
結局、私はにやにやを完全に収めるまで、少し時間を要してから、着替え終えてから必要以上に澄ました顔で試着室から出た。
「お待たせしました。どうでしょうか?」
白いタートルネックのニットのセーターに、胸元はさりげないペンダントを付けて、下はチェック柄のフレアスカート。
シンプルながら、私の好きな感じの装いだ。
いつの間にか店員さんもいなくなっていて、スマホに目を落としていた海斗君が顔を上げ、私を上から下まで眺めてから、
「いいんじゃね。よく似合ってるぞ」
ふっと表情を緩めた。
どうやらお世辞では無さそう。
「ありがとうございます。では、買ってこようと思うのでまた少し待っていてください」
そう言い残して、また試着室に戻ろうとすると、
「あれで良かったか?」
「え?」
聞こえてきた海斗君の声に、私は足を止めた。
それから、海斗君が言ったことの意味を考えて、気付いた。
「き、気付いていたのですか?」
「当たり前だろ。あそこまで至近距離で話してて聞こえない方がどうかしてる」
なんとなく気恥ずかしくなって、私は自分の顔に熱が集まるのを自覚する。
どうにもいたたまれない気持ちになった私は、私らしくもなく勢いよくカーテンを閉め、逃げるように試着室に駆け込んだ。
そんな私のことをさして気にした様子も無く、海斗君はいつもと変わらない平坦な声音で、声を掛けてきた。
「言っとくけど、店員に気を遣ったわけじゃないからな」
「……」
「どっちかって言えば、聞いてたお前が変に気遣い始めるって思ったから言ったんだ。俺の嘘偽り無い考えをな」
「……はい」
嘘じゃないことなんて、声を聞いてたら分かりましたよ。
だから嬉しかったんです。
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