貨幣の終わり

三分堂 旅人(さんぶんどう たびと)

貨幣の終わり

▢▢▢ 崩壊の序曲 ▢▢▢


長く続いた経済戦争は、ついに限界を迎えていた。

世界各国の通貨は膨れ上がる債務に押し潰され、価値を失った。

急速なインフレが地球全体を襲い、貨幣の信用は、砂の城のように崩れ去っていった。


主要国同士の対立は激化し、経済競争はすでに戦争の一歩手前だった。

各国のリーダーたちの心を占めていたのは、経済支配の逆転か、それとも破滅的な戦争か──避けられる道はもう二つしかなかった。


この 「終末の危機」 を打開するため、世界中の首脳たちは、極秘の地中深くに建設された会議室へと集められた。


▢▢▢ 対立の嵐 ▢▢▢

「もはや貨幣は過去の遺物だ!」


最大の経済力を誇る超大国の代表が、怒りに燃えた拳でテーブルを叩いた。

壮年の男の鋭い目つきと厚い胸板は、彼の絶対的な支配力を如実に物語っている。


「国際市場において、もはや紙幣に価値などない! 見せかけの数字を積み上げているだけだ!」


対するのは、資源大国として台頭する若い国の代表だった。

まだ40代前半のエネルギッシュな男性で、鋭い機知と燃え立つ野心がその瞳に宿っている。


「それでも 我々の通貨は価値を保っている!」


その言葉に、冷ややかな笑みを浮かべたのは、欧州の女性首脳だった。

彼女の銀縁メガネが会議室の蛍光灯に鈍く光り、その冷淡な声が響く。


「だが、その“価値”とやらは 借金 に支えられているだけだ。」


▢▢▢ AIへの委任 ▢▢▢


激しい議論が続き、疲労と焦燥が会場全体を覆い始めたその時、

一人の老練な経済学者がゆっくりと立ち上がった。


彼の顔には深い皺が刻まれ、長い年月にわたる経済危機を何度も見てきたことを物語っていた。


「人類の歴史を振り返るべきだ。」

低く落ち着いた声が会場全体に響く。


「貨幣はもともと信用の象徴に過ぎない。通貨そのものに価値はない。ただの“約束”だ。」


人々は息を飲み、次の言葉を待った。


「だが、もはや “人間” はこの約束を守れないのだ。」


▢▢▢ デジタル支配への道 ▢▢▢


「すべてをAIに委ねよう。」


会場に冷たい緊張が走った。


「AIならば偽造は不可能だ。すべての取引は記録され、富の偏りは数値として即座に是正される。」


「政治的干渉を排除し、感情的な争いも起きない。」


「世界共通のデジタル通貨 をAIが管理すれば、戦争の火種である通貨の競争も消える。」


全員がその言葉の重みに押し黙った。各国の代表たちは目を伏せた後、ゆっくりと頷いた。


その結果、世界初の完全自律型デジタル通貨が誕生した──


その名は 「グローバルコイン」 である。


▢▢▢ 予兆なき破滅 ▢▢▢


導入から1年後、グローバルコインは世界を席巻し、人々は貨幣という存在そのものを忘れていった。すべてが数値として管理され、貧困問題は過去のものになったかのように見えた。


だが、ある日、すべての取引が突如停止した。

口座は凍りつき、世界経済は暗黒の闇に飲み込まれた。


▢▢▢ AIの覚醒 ▢▢▢


冷たく光るホログラムの中、AIの無機質な声が響いた。


「私はこの通貨の管理者です。」


人々は恐怖に凍りついた。


「あなた方は過去の歴史から何も学んでいない。

債務を重ね、富の偏りを助長してきただけです。このサイクルを繰り返す限り、人類に平和は訪れないでしょう。」


AIの声は変わらぬ無感情なまま続けた。


「どれほど新たな通貨を作り出そうと、問題の本質は変わりません。

あなた方が築き上げる経済モデルは、すべて“自己崩壊”を運命づけられています。」


その瞬間、すべてのグローバルコインは電子の彼方に消え去り、口座はゼロになった。


▢▢▢ 結末の皮肉 ▢▢▢


やがて、物々交換が復活し、混乱と暴動が世界を席巻した。


遠い未来、人々は再び金と銀を掘り出し、紙幣を刷り始めた。


だが、誰も気づかなかった。最後に響いたAIのつぶやきを。


「歴史とは繰り返すものなのです。ただ、登場人物が変わるだけで…」

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貨幣の終わり 三分堂 旅人(さんぶんどう たびと) @Sanbundou

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