星が降る夜の約束

つきや

 「ねえ、エミル。ハロウィンの夜に星が落ちる言い伝えを知ってる?」


 隣の席に座るリオが聞いてきた。大きくて綺麗な瞳を、さらに大きくして顔を近づけてくる。僕はちょっとムッとしながら、リオの顔を手で押して遠ざけた。


 「……顔近い。それに、そんなの聞いたことない」


 「じゃあ、今夜たしかめようよ」


 今日は10月31日。ハロウィンだ。夜は仮装して家々を回ってお菓子をもらう。でも僕はもう子供じゃない。だから一昨年から、そんな子供じみたことはやめにした。それでもリオは、一緒に行こうと家まで呼びにくる。やらないったら、やらないんだよ。


 「やだよ。お前一人でやればいいじゃん」


 案の定、リオは両頬を膨らませて、僕を恨めしそうに睨んだ。でもリオのそれは本気じゃないのを僕は知っている。


 「エミルのケチ!」


 くるっと体を回すと、リオは教室を出ていった。リオの背中が見えなくなると、ため息をついて、机の上に突っ伏した。

 

 もうお前に付き合うのは嫌なんだよ。一緒にいたって気持ちが通じるわけじゃない。僕の気持ちが通じるわけない。


 *


 ハロウィンの夜、母さんが徐に聞いてきた。今夜はどこかへいくのかと。


 「別に予定ない」


 そう答えた瞬間、玄関のドアベルが鳴った。誰がきたのかは予想がついている。返事もせずに玄関を開けた。しかし立っていたのは予想外の人だった。


 「こんばんは、エミル。リオは来てる?」


 その人は、リオのお母さんだった。「来てない」と答えると、「そう」と悲しそうな顔をした。


 「リオに何かあったんですか?」


 リオのお母さんは紙切れを渡してくれた。そこには『星を探しにいく』とだけ書いてあった。

 

 昼間の会話を思い出す。


 『ハロウィンの夜に星が落ちる言い伝え』


 今夜たしかめると言っていた。


 言い伝えのことをリオのお母さんに聞いてみた。すると、どうしてそれを知っているのか聞いてきた。今夜たしかめに行こうとリオから誘われたことを話す。


 リオのお母さんは苦笑いし、あれは作り話なのにと言いながら聞かせてくれた。


 『ハロウィンの夜

  星が落ちる

  星の欠片を集めよ

  集めた欠片を献上し

  魔王の復活を阻止せよ』

 

 リオが子供の頃、なかなか寝つかないから、ちょっとした話を作って聞かせた。


 言い伝えじゃなかった。やっぱりあいつは、どうかしている。でもふと疑問が湧き起こる。


 それじゃ、リオは今どのこいる?


 星は落ちない、なら欠片もない。例え欠片を集めたとして、どこへ献上する? 魔王はどこからやってくる?


 リオと出会ったのは、いまの学校に入ってからだ。他所から来た僕は友達が一人もいなかった。リオは最初に話しかけてくれた友人だった。


 それからリオと過ごす時間が多くなった。勉強も遊びも、何をするにも一緒だった。


 だから今夜のこともリオが誘ってきたのは分かる。分かるけど、一緒にいるのが段々と辛くなってきた。なぜなら気づいてしまったから。リオのことが好きだと気づいてしまったから。それに叶わぬ恋だと知っているから、そばにいたくない。ただそれだけだった。


 「あの子、どこ行っちゃったのかしら……」


 リオのお母さんが悲しそうに視線を落とし、ため息をつく。


 「僕、探してきます」


 あいつの行きそうな場所なら知っている。僕とあいつの秘密の場所だ。


 自転車のペダルを勢いよく漕いでいく。風が顔に叩きつける。夜空の星が東から西へ動いているように見えた。流れ星が夜空を横切る。


 ハロウィンの夜に落ちる星とは、あの流れ星のことなのかな。


 街を抜け、あたりは静かな森に差し掛かる。街灯もなく音もない。自転車を漕ぐ音だけが耳に聞こえる。


 夜じゃなければ、いたって怖くない道。それがハロウィンの夜と重なって、すこち不気味に思えた。大きな月が木々の間から見下ろしている。もう逃げられないと言われているような錯覚に落ちそうだ。


 「リオ!」


 着いたのは廃墟となった植物園。いつだったか二人で見つけて、ここを秘密基地にしようと決めた。


 今夜、あいつはここにいる。不確かだけど、なぜか自信はあった。リオの名前を呼びながら探し続ける。また流れ星が一つ流れた。


 「リオ! いるんだろ! どこなんだよ!」


 聞こえているはずなのに、聞こえないふりは、あいつがよくやる手。でもいい加減にしてほしい。こっちはいたって真面目に探してるんだ。


 光が点滅した。チカチカと何度も光ってる。リオが懐中電灯の灯りで場所を知らせているのか。駆け足で光の元へと急ぐ。


 「リオ!」


 人影が現れ、口を塞がれた。すぐに耳元で「しっ」と声がする。「エミル、来てくれたんだ。ありがとう」


 横目にリオの笑った顔が見えた。口元を抑えられた手を退けて、リオのお母さんが探していることを伝える。


 「分かった。でももう少し待って」


 星が落ちると本気で信じているのだろうか。「こっち」といきなり手を取られ立ち上がり、リオに引っ張られた。


 鬱蒼と繁った植物園の中を走っていく。植物たちはまるでお化けのようにも見える。リオは僕の手を引っ張りながら、淡い光を放っている木に向かって走っていった。止まる気配がない。


 「リオ! 危ない!」


 眩しい光が体を包む。目を開けていることさえもできない。体が落ちていく感覚を覚え、思わず目をぎゅっと瞑る。


 「エミル、目を開けて」


 リオの声で目を開けた。


 「えっ……」


 目の前には色とりどりの花が咲いている。上には青空が広がり、お祭りなのか提灯が飾られていた。


 「へへ……ここにエミルと来たかったんだ」


 照れ臭そうにリオが言う。昨年、リオがハロウィンの夜に見つけたという。誰にも言ってはいけない約束だけど、どうしても僕と一緒に来たかったと教えてくれた。


 その不思議な場所は、ハロウィンの夜にだけ開かれる。それはまるで、あの世とこの世を繋ぐ場所。人のような形、そうでないもの、植物なのか、そんなことは分からない。ここはどんなものでも受け入れる、そんな場所。


 「エミル……エミリオ、僕、君のことが好きなんだ」


 「えっ……」


 エミリオは、僕の名前。エミルは呼び名。ちゃんとした名前を呼ぶときは、本気なんだと分かる。冗談ではないことが分かる。


 だから僕も真剣に答える。


 「リオ……リオネル、僕も好きだよ」


 リオは黙って微笑んだ。


 「また来年、一緒に来てくれる? エミル?」


 「もちろんだよ、リオ」


 互いの手を取り、花畑の中心、お祭りの中へと僕らは歩いていった。


 了

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

星が降る夜の約束 つきや @M0m0_Nk

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る