第41話 首なし馬の到来

 ゾンビたちを退けたアルスとマルタは、一息つく間もなく次の探索に移っていた。ノアール霊廟には曇天が立ち込め、薄暗い空気が一層不気味さを増している。濃い灰色の雲が広がり、光はほとんど届かず、霊廟全体がまるで世界から隔離されたかのように静まり返っていた。


「おじさん、ほんとにこんなところに首なし馬がいるの?」


 マルタがそう尋ねながら、足元の小石を蹴飛ばす。その声にはほんの少しの不安が混じっていたが、彼女の目はどこか楽しげでもあった。


「いるはずだ。クエストの情報が正確ならな」


 アルスは辺りを警戒しながら、霊廟内をゆっくりと進む。しかし、どこを見てもモンスターの気配は感じられず、先ほどのゾンビたちも完全に姿を消していた。


「お馬さん~、出ておいで~!」


 突然、マルタが声を上げた。その無邪気な呼びかけに、アルスは眉をひそめて振り返る。


「そんなので出るわけがないだろう」


「でも、呼ばないとわからないでしょ?」


 マルタは笑顔を浮かべながら、さらに声を張り上げる。


「お馬さん! おいしいニンジンがあるよ~!」


「……どこにそんなものがあるんだ」


 アルスは呆れたようにため息をつきながら、再び前を向いた。その瞬間、不気味な音が霊廟内に響き渡った。


 カラーン……――カラーン……――


 鈴の音のような音色が静寂を切り裂いた。なにかを告げるように鳴り響く、金属的なその響きは遠くから徐々に近づいてくるようで、霊廟内の空気がさらに重く感じられる。


「なに、これ……?」


 マルタが耳に手を当てながら呟く。アルスは動きを止め、目を細めながら音のする方角に注意を向けた。


「……来たな」


 その短い一言に、マルタはすぐさまアルスの近くに駆け寄り、彼の腕に抱きついた。


 鈴の音が徐々に大きくなるにつれ、闇の中に青白い炎が揺らめき始めた。周囲を照らすような光を放つわけでもなく、それは最初はただの火の玉のようにも、ただ宙をユラユラと漂う魂のようにも見えたが、次第にそれは輪郭を持ち始めた。


「なんか来るよ! あれって、もしかして……?」


 マルタが小さな声で尋ねるが、アルスはそれに答えず、炎をじっと見据える。蹄が地面を蹴る音が霊廟内に響き、甲冑が擦れるような音がそれに重なる。


 カツン……カツン……


 音が近づくたびに、その姿がはっきりと見えてくる。青白い炎は首の部分を覆い、馬の頭の形を作り出していた。だが、その首の付け根には実際の頭は存在せず、炎が不気味に燃え上がっている。首輪のようなものに鈴をつけ、それが揺れるたびに不気味に音を奏でる。


「な、なにあれ!? 首がないよ!?」


 マルタが驚いてアルスにしがみつく。アルスはゆっくりと剣を握り直し、低く呟いた。


「首なし馬……か……」


 その馬は尻尾や前足の膝も青白い炎で構成されており、全身に甲冑を纏っていた。まるでかつての主を探しているかのように、ゆっくりとした足取りで霊廟内を徘徊している。


 その動きは滑らかで、どこか威厳すら感じさせるものだった。だが、首の代わりに燃え盛る炎と、不気味に光る甲冑がその存在の異様さを際立たせていた。


 アルスはその姿をじっと見据えながら、剣を持つ手に力を込めた。


「こいつが今回の相手か……なるほど、厄介そうだな」


「おじさん、どうするの!? 怖いよ!」


 マルタがアルスの背中に隠れるようにしながら尋ねる。アルスは一瞬だけ彼女の方に視線をやり、静かに言った。


「俺の後ろから離れるな。絶対だぞ」


「う、うん!」


 マルタは怯えながらも力強く頷いた。


 首なし馬は青白い炎を揺らめかせながら、静かに足を進めていた。しかし、その瞳もない顔から、アルスたちをしっかりと見据えているような圧力が伝わってくる。


「飼い主を探しているのか、それとも……」


 アルスは低く呟きながら、剣を構え直した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る