第27話 平原を阻む紅き影
ファリダット町の外れに広がる広大なプレイド平原。穏やかな草木が風に揺れ、どこまでも続く青空がその広がりを強調していた。天候も安定し、この世界の交易路として多くの国々を結ぶ重要な役割を担っている平原は、かつては賑やかな場所だった。
平原には小規模なモンスターが出没することもあったが、いずれも凶暴ではなく、経験の浅い冒険者たちが修行を積むにはうってつけの場所だった。クエストも比較的低ランクに設定され、町からも近いため、初心者でも安心して挑むことができたのだ。
しかし――。
「……紅き猛牛か」
アルスは足を止め、平原の入り口に立ちながら低く呟いた。その視線は遠くを見据えているが、その奥にはわずかな警戒が滲んでいた。
紅き猛牛の出現は、この平原の運命を一変させた。紅い体毛に覆われた牛の姿をしているというそのモンスターは、気性が荒く、非常に凶暴だという。角は大の大人ほどの長さを持ち、その巨体はゆうに10メートルを超えるとされている。
「本当にそんな化け物がいるのかな……?」
隣で歩くマルタが、不安そうにアルスを見上げる。その声にはほんの少しの好奇心も混じっていた。
「わからん。だが、これまでのクエストの結果を見れば、何かしらの異常があるのは確かだ」
アルスの答えはいつも通り冷静だったが、その声には慎重さが感じられた。
紅き猛牛が出現したことで、この平原は立ち入り禁止区域に指定されていた。経験の浅い冒険者は一人も帰還することができず、唯一生還した冒険者も、平原での体験を語ることなく冒険者を引退したという噂がある。
交易路として使用されなくなったことにより、各地との物流が大きく滞り、町の商人たちは高騰するアイテム価格に頭を抱えていた。冒険者たちにとっても、この影響は無視できない問題だった。回復薬や食料、武器の補充など、すべてが手に入りづらくなり、価格は通常の倍以上にも跳ね上がっていた。
「だからって、あんな化け物をどうやって倒すの?」
マルタが小声で問いかけると、アルスは短く息を吐いて言った。
「倒す方法を探るのが、このクエストの最初の仕事だ」
その言葉にマルタは少し眉をひそめたが、アルスの表情は揺らがない。その視線は、すでに次の行動を見据えていた。
クエストの詳細を確認するため、アルスはマルタと共に再びファリダット町のクエスト広場を訪れた。カウンターにはいつもの受付の人が待っており、アルスの姿を見つけると微笑みながら軽く頭を下げた。
「お待ちしておりました、アルス様」
アルスは無言でカウンターに書類を置き、紅き猛牛のクエストについて尋ねた。受付の人は書類に目を通しながら、どこか意味ありげな笑みを浮かべる。
「紅き猛牛の討伐ですね……。アルス様と相性は良いと思いますよ」
「相性?」
「ええ。あまり詳しくは申し上げられませんが、アルス様ほどの方ならば、このクエストを完遂する可能性は十分にあると信じております」
その言葉に、アルスは少しだけ眉を寄せた。受付の人の自信に満ちた様子は、どこか引っかかるものがあった。
「それにしても、交易路が塞がれた影響は甚大です」
受付の人は話を続けた。
「紅き猛牛が現れたことで、アイテムの供給が完全に止まり、価格が異常に高騰しています。冒険者の皆様にとっても死活問題でしょう」
「……確かに、今の物価は異常だな」
アルスは思わず頷いた。最近では回復薬一つ手に入れるのにも倍以上の金額が必要で、十分な装備を整えることが困難になっていた。
「私たちも、このクエストには期待をかけております。紅き猛牛が討伐されれば、再び交易が再開し、経済も元に戻るでしょう」
「なるほどな」
アルスは短く答えると、受付の人から渡された書類を受け取り、クエストの詳細に目を通した。
「アルスおじさん、それやるの?」
クエストの内容を見つめるアルスに、マルタが小声で尋ねた。彼は静かに頷き、書類を折りたたむ。
「……やるしかない。紅き猛牛を放置すれば、俺たちも身動きが取れなくなる」
「でも……怖くないの?」
マルタの問いかけに、アルスは短く笑みを漏らした。
「怖いさ。ただ、それ以上に、この状況を放置することの方が危険だ」
彼のその言葉に、マルタは少しだけ安堵したような表情を浮かべた。
「よし、行くぞ」
アルスは立ち上がり、マルタと共にクエスト広場を後にした。プレイド平原には、再び晴れた空が広がっていたが、その先に待つ戦いの厳しさを二人は無意識に感じ取っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます