第14話 最後の買い物
朝の陽射しがファリダット町を明るく照らしていた。石畳の道には商人たちの声が響き、町全体が活気に満ちている。アルスとマルタは人混みの中を歩いていた。目指すはクエスト広場――バジリスク討伐の報酬を受け取るためだ。
「ねえ、アルスおじさん! 今日は何するの?」
「おじさんじゃない。……今日は報酬を受け取りに行く。それで、少し買い物をする」
「買い物! やったー! 何買うの?」
「お前の好きなものだ。今回のバジリスク討伐はマルタのおかげだからな、とはいえ報酬の中でだぞ?」
マルタの顔がぱっと明るくなった。アルスはそんな彼女の反応を見て、目線をそらしながら歩調を早める。報酬を受け取ること自体はルーティンの一部だが、今日は違う目的もあった。彼の中にはすでに、一つの決意が揺るぎない形で存在していた。
クエスト広場に到着すると、受付嬢が彼らを迎えた。
「お疲れさまです、アルスさん。今回も大変なクエストでしたね」
アルスは無言で頷き、書類を差し出した。受付嬢は書類を確認しながら感心した様子で続ける。
「バジリスクを二体も討伐するなんて……さすがです! こちらが報酬です」
彼女が手渡した袋には、銀貨と金貨がしっかりと詰まっていた。アルスはそれを受け取り、腰の袋にしまう。
「助かった。これで終わりだ」
「またのご利用をお待ちしていますね!」
受付嬢の明るい声を背に、アルスはマルタを連れて広場を後にした。
町の商店街に足を踏み入れると、マルタの目は輝きを増した。色とりどりの商品が並ぶ店先に、彼女は興味津々であちこち駆け回る。
「わあ、すごい! こんなところにこんなお店があったんだ!」
「落ち着け。何でも好きなものを選べと言ったが、限度がある」
「わかってるよ! でも、どれにしようかなー?」
マルタは迷う素振りを見せながらも、目に入るものすべてに興味を示していた。アルスはそんな彼女を見守りながらも、少しずつ疲れが顔に出てくる。
「さっきの靴じゃないのか? それともあの人形か?」
「うーん……どっちもいいけど、まだ見たい!」
「……好きにしろ」
アルスは大きくため息をつきながら、彼女の後を追う。次々と店を回り、ついには革製品の店、果物屋、布地屋と、ありとあらゆる店を巡った。
日も高く昇った頃、マルタはようやく一つの店に足を止めた。それはダグラスの武具店だった。重厚な木の扉を開けると、中から豪快な声が響いてきた。
「おう! 旦那じゃねえか! また剣の手入れか?」
「違う。今日はこいつに好きな物を買ってやるといったんでな」
アルスが目でマルタを示すと、ダグラスは笑い声を上げた。
「お嬢ちゃんが? それは面白えな! 好きなもんを見てみな!」
マルタは嬉しそうに店内を歩き回り、小さな武器や装備品を物色し始めた。アルスはその様子を眺めながら、心の中で何かを考えているようだった。
「ねえ、これ!」
マルタが手に取ったのは、小さめのナイフだった。刃は短く、柄には握りやすい工夫が施されている。それは、子供でも扱いやすいように作られたもので、攻撃よりも日常の作業用として適したデザインだった。
アルスはそれを見て、一瞬だけ目を細めた。
「それがいいのか?」
「うん! カッコいいし、便利そう!」
マルタは満面の笑みでナイフを抱きしめる。アルスは短く息を吐き、「そうか……」とだけ呟いた。どこか納得したような、それでいて複雑な感情が混じった声だった。
「よし、買うぞ」
ダグラスは笑いながらナイフを包装し、手渡してきた。
「いい目をしてるな、お嬢ちゃん。そのナイフなら、いろいろ使い勝手がいいぞ!」
「ありがとう、ダグラスおじさん!」
「おじさん言うなっつの!」
ダグラスの大笑いを背に、アルスとマルタは店を後にした。
街の喧騒を抜ける頃には、アルスの顔にはやや疲れが浮かんでいた。一方でマルタは、買ったナイフを見つめながら嬉しそうに歩いている。
「ねえ、アルスおじさん! これ、大事にするね!」
「ああ。そうしろ」
その短い返事の中に、アルスの決意が垣間見えていた。彼はマルタを一瞥すると、足を止めた。
「次に行くぞ」
「どこ?」
「役所だ」
「役所? なんで?」
マルタが首をかしげるが、アルスは何も答えず、静かに先を歩き出した。その背中には、どこか寂しげな影が落ちていた――
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます