失恋するたびに「ピアスを開けてほしい」と頼んでくる野々華と、野々華の求めに応じてピアスを開ける深月。本作は、大学生の二人の交流を描いた短編です。
失恋の痛みを、ピアスホールを開ける痛みで上書きする――二人で声を合わせてピアスを開ける瞬間や、同じ部屋で一緒に食事を取る時間、気心の知れた仲ならではのリズミカルな会話から、二人が互いのことを大切に思い合っている様子が、心地いい温度で伝わってきます。
けれど、互いが向け合う「好き」の気持ちが、全く同じとは限らなくて……冒頭で描かれた失恋から時が流れて、やがて新たな失恋の時を迎えたとき。その痛みと悲しみを、果たして上書きすることができるのでしょうか。ぜひ、確かめていただければと思います。おすすめです。
フラれる度に「ピアスを開けてほしい」とねだってくる野々華と、それに応える深月。
ピアスを開ける時の深月の心の魔法。
親友の野々華が深月を大切に想う気持ち。
ただ、二人でいられればそれだけで心が嬉しくなるような、そんな時間を大切にしている深月。
そんなある時、野々華にとって良き転機が訪れます。
糖を高温で加熱して茶色くなると同時に甘い香りを生じる――いわゆるカラメル反応がありますが、深月の心の砂糖はそのような反応は示さず、焦げ付いた苦みを発します。
ピアスホールを開けた痛みは失恋の痛みを和らげる緩衝材なり得るのか。
はじめてのピアスを開けることで、野々華の痛みを知った深月。
彼女の心からは、既に心の魔法は消え失せていた。
同性愛で、大事に想うからこそ、伝えられない一言。
繊細な文体と、登場人物に寄り添うような心情を描く本作は、それらを情緒的に伝えてくれます。
是非、ご一読ください。
互いに親しく思っている、ふたりの人間。
だが一方が抱く好意の形は、他方が抱く好意の形と同じではない――
同性愛が主題となる物語で頻繁に現れる図式ですが、考えてみれば異性愛であっても事情は同じように思われます。
ふたりが同じ人間ではない以上、抱く思いの形が異なるのは当然のこと。
ただ異性愛の場合、様々な種類の好意がすべて「恋愛」へ乱暴にくくられがちで、それゆえに好意の齟齬が表面化しにくいのかな、という気がします。
前置きが長くなりましたが、本作は、そうした「好意の違い」を鮮やかに描いた短編です。
失恋の痛みを、別種の痛みへ託すふたりの女の子。
しかし、同じ痛みを体に刻んだとしても、そこに乗った心の痛みは、それぞれ異なる形をしている。
物理的な痛みが同種であるのに――いや同種であるからこそ、乗った想いの違いが鮮やかな対照をなしている。
そして、中心となる物理的な痛みのみならず、周辺の事物も繊細に描かれ、共有された想いと共有されなかった想いとがそれゆえに際立つ。
本作はそんな話であるように、私は感じました。