えぇ!?チートスキル無しで異世界攻略!?そんなの聞いてない!!……まあ、声優ですので?声真似で何とかなりますけれど。

星乃かなた

ある駆け出し声優の災難

「異世界系のオファー来てます」


 声優の私は歓喜した。

 ついに念願の、異世界系アニメの仕事が来たのだ。


「や、やっとね!!」


 今まで演技の練習やボイストレーニングに励んできたかいがあった。


「それで、どんな役?」

「役っていうか、うーん」


 私の質問に、うーんうーんとうなるマネージャー。


「そんな困るようなこと聞いてるつもりないけど?」

「まあ、主役といえば、主役ですね」

「マジか」


 オーディションも無しに決まるなんて。

 選考に私のファンでもいるのだろうか?


「私の実力を見抜ける人がいたのね!」

「まあ、はい」

「なによ、歯切れ悪いわね」


 どうもマネージャーの態度が腑に落ちない。

 せっかく担当の仕事が決まったのだから、もっと喜びなさいよ。


「まあいいわ。さっそく、概要を説明してちょうだい」

「分かりました。それでは行きましょう」


 ん?


「今この場で説明してくれればいいのだけれど?」

「いえ、逆に説明は不要、というか。しても分かんないと思います」


 なによ、それ。


「もう。なんでもいいわ。とりあえず行きましょう」


 さっそくマネージャーが運転する車に乗り込む。


「待ってなさい、異世界!」


 ああ、これを機に私の実力が世に知れ渡り、有名声優となり、ひいては大金持ちに。


「ふふふ、くふふふふ……」


 私は夢を膨らませながら後部座席で笑った。

 この時はまだ、とんでもない悪夢が待ち受けていることなどつゆほども知らずに。


***


「つきました。ゲートです」

「は?」


 どういうことかしら。

 目の前には、宙に浮かぶ巨大なナニカが渦を巻いている。

 まるでそこだけ、時空が歪んでいるみたい。


「これ……何?」

「お伝えしたとおり、異世界系のお仕事です」

「アニメのヒロインの仕事でしょう?」

「いいえ、」


 マネージャーはメガネをクイっと動かし、続ける。


「異世界に行って、向こうの方々と仲良くなってきてください」

「はああ!?」


 なんじゃそりゃ。


「異世界なんて、本当にあるわけ……」


 ない、と言いかけて前方を見る。

 いかにも異世界につながってそうな渦巻きが、そこにある。


「最近、発見されたんですよ。知らなくても仕方ありません」

「いやいやいや」


 なんであなたは平然としてるのよ!


「これ、体当たり的なバラエティ番組のお仕事じゃない。異世界の果てまで行ってQ的なナニカじゃない!」

「違います。異世界ふしぎ発見です」


 どっちでもいい。


「とりあえず、お断りよ」

「どうしてですか? あんなに異世界系の仕事がしたいと言っていたのに」


 それはアニメの声優の話だっつーの!


「だって、どんな危険が待ち受けているのか分からないわ」


 異世界といえば、主人公がチート能力を授かって、俺つえーして無双して……

 って感じだろうけど、本当にそう都合よくいくの?


 もし、そうならなかったら……?


「生きて戻れないかもしれないじゃん……って、ちょっと!?」


 私の不満など聞きもせず、マネージャーは私の背中を押し始める。


「大丈夫です。あなたならできます」

「な、何を根拠に」

「信じてますから」

「いや、ちょ、やめ……いやああああ!!?」


***


「いたたた……どこよここ」


 周りを見回せば、森の中。

 見慣れない植物が生い茂っている。


「どうやら本当に異世界に来てしまったようね」


 異世界と言えばチート能力。

 でも、


「女神さまに出会って、能力を授かったりは……してないわよね」


 私、本当に大丈夫なのかしら?


「とりあえず、誰か人を探しましょう」


 私は恐る恐る歩き始めた。

 すると、付近から女性の悲鳴が。


「あっちの方向ね」


 急いで駆けつけると、視界に映ったのは、人型のバケモノに囲まれた金髪の美女。


「うぅ、誰か、たすけて……」


 彼女は今にも泣き出しそう。

 なんとか助けてあげたいけれど……


 バケモノと戦える力なんて持ってない。


 私に何ができるっていうの!?


「……いや、ある」


 あるわ、私にできること。


「よし」


 私はすぅっと息を吸い込み、役に入り込む。

 次の瞬間、前に出て声を張った。


「悪しき者ども。その人から離れなさい!!」


 ぴしゃりと一喝。すると、バケモノたちの目が一斉にこちらを向く。

 その内の一体が私にたずねた。


「なんだ、アンタは?」


 恐ろしい形相に臆せず私は続ける。


「私は聖女アルカディウス。邪を祓い、この世界に光をもたらす者!!」


 それを聞いたバケモノたちはざわついた。


「聖女、だとッ……!?」

「なぜここに!」

「まずい、浄化されてしまう!!」


 慌てふためいた彼らは、一目散にこの場から逃げ去った。


「ふぅ……」


 いやあ、役作りの練習が役に立ったわ。

 なんとかハッタリが効いたみたいね。


「あ、あの」


 一息ついていると、横から声をかけられる。


「あ、ありがとうございます!」


 振り向けば金髪の美女が私に深々と頭を下げていた。


「お礼には及ばないわ。ケガは無い?」

「はい。それよりも……」


 美女はぐいっと詰め寄り私の手をにぎる。


「聖女アルカディウス様。ぜひ、我が王城までご同行くださいませ」


 ……はい?


***


 その後、私は聖女と思われたまま、金髪の美女と共に王城へ。

 彼女はこの国の王女様で、森で薬草を採っていたところ魔人たちに囲まれたそうだ。


 そして今、私は彼女に連れられて、国王の前にひざまずいている。


「聖女アルカディウスよ。勇者一行と共に、魔王を討伐するのだ」

「はっ」


 は~、どうしてこうなっちゃったのかしら。

 なんだかとんとん拍子に話が進んでしまったわ。


 今更、「実は私、聖女ではないのです。てへぺろ!」


 ……なんて言えるわけもない。

 言ったが最後、首をはねられて即お陀仏よね、きっと。


 こうなったら最後まで役を全うして、この世界の住人たちと仲良くなろう。

 そして元の世界に帰るの。


 どうやったら帰れるかは知りませんけれど。 


***


 王城を発ち、はや数か月。

 魔王討伐の旅はあと少しで終わろうとしていた。


「もう少しで魔王城だ!」

「聖女さまのおかげでここまで来れた」

「あとはたくわえた力で、魔王を倒すだけですわ」

「あ、あはは……」


 一行の言葉に、思わず苦笑いする、私。 


 ここに至るまで、信じられないことに私は大活躍してしまった。

 聖女と名乗ると、人型の魔物は立ち去るし。

 草陰から竜の声真似をすれば、獣たちは逃げ惑うし。


 おかげで戦闘自体が少なくて済んだわ。


 でも、極めつけは勇者一行。

 私が応援するだけで「聖女の加護!」と勘違いし、異様にパワーアップするんだもの。


 ほんと、この異世界どうなってんのよ。

 いわゆる「ご都合主義」ってヤツかしらね。


 けど……


「最後まで気は抜けないわ」


 私の言葉でパーティメンバーの顔つきが変わる。

 なにせ最後の相手は魔王。

 これまでのようにはいかないだろう。


「必ずや、魔王を倒してこの世界に光をもたらすわよ」


 面々は静かにうなずき、魔王城の門を開いた。


「ふっはははは。よくぞ辿り着いたな」


 出迎えたのは、凶悪な見た目の人型の魔物。

 

「あなたが魔王かしら?」

「さよう。我が魔物どもの頂点よ」

「なぜ人間たちに悪さをするの?」

「決まっている。人間どもが我らを滅ぼそうとするからだ」


 魔王はそう言って、邪悪なオーラを放ってきた。


「話し合いではどうにもならなそうね」


 対して私たちも戦闘態勢をとる。

 こうして最後の戦いが幕を開けた。


***


 魔王と私たちの激戦は数日に渡った。


「き、貴様、なかなかやるな」


 魔王がにやりと笑いかける、その視線の先。

 そこに立っているのは他でもない私である。


「私もびっくりだわ……」


 なにせ、勇者は空腹で倒れ、戦士はいつの間にか眠りこけており、魔法使いはシャワーを浴びに一旦帰ると言ってそれっきり。


 私は彼らの武器や魔力をもらい受け、孤軍奮闘。


 まったく、なんて日かしら!!


 しかし、この長かった戦いもやっと決着がつきそう。


「互いに次が最後のようだ」

「ええ、おっしゃる通りよ」


 私も魔王も、ほとんど余力は残っていない。

 次の一撃で力尽きる。


「我が誇り高き一撃、食らうがよい!!」

「来なさい。返り討ちにしてあげるわ!!」


 魔王は私めがけて走ってくる。

 私はカウンターの構えで待ち構えたのだけれど――


「あ」


 魔王は足元で寝ている戦士に気付かず、そのまま足をひっかけて盛大にすっころんだ。

 私は駆け寄って、勇者からもらった剣を振り上げる。


「悪いけど、これまでね」

「くっ、無念……」


 その時だった。


「もうやめて!」


 幼い少女の声に思わず手が止まる。


「おねがい。そのひとをころさないで!!」


 少女はたたたと駆け寄り、魔王をかばうようにして私の前に立ちはだかった。


「あなたは……?」

「あたしはまおう。このひとは、あたしのただのおつきよ!」


 えええ!?


「ちょっと、どういうことよ!?」

「このひとは、あたしをかばって、たたかっていただけなの」


 真偽のほどは、と、今まで戦っていた彼に目を向ける。


「はあ。来てはいけないと言ったのに……」


 どうやら少女の言うことは正しいらしい。


「魔王さま。あれほど逃げろと言ったではありませんか」

「だって、おとうさまがしんで、あなたまでしんじゃったら、あたし、あたし……」


 少女はボロボロの側近に泣きついた。

 察するに、先代の魔王はすでに亡くなっているようね。


「まだ幼い次代の魔王をかばうため、側近が魔王のフリをしていた、というところかしら」


 彼らは声もなく小さくうなずく。


「聖女よ。いいえ、聖女さま。どうか、魔王様だけは助けていただけませんでしょうか?」


 さっきまで魔王を名乗っていた側近は、地面に突っ伏したまま懇願した。


「だめッ、あなたがしぬなら、あたしもしぬ!!」


 対して小さな魔王もこの調子。


 うーん、どうしたものかしら。

 こんなの見せつけられては、鬼にはなれない。

 とても困ったわ……。


「聖女、さま……」


 悩んでいると、空腹で倒れていた勇者がなんとか立ち上がって言った。


「そいつらに、ほだされてはいけない……ッ」


 続いて、昼寝していた戦士も目を覚ます。


「むにゃむにゃ。ならば、とどめは、ワシが……」


 寝ぼけながらも、今にも飛び掛かってきそう。

 さらには、


「間に合いましたわね!」


 シャンプーの香りを漂わせながら、魔法使いが帰ってきた。

 こいつら、そろいもそろって、タイミングを図ったように復活したわね……。


「聖女さまッ」

「せいじょさま!」

「聖女さま!」

「聖女さまぁ……」

「聖女さま~!」


 うーーーん、どうしたものか。

 魔王たちを殺せば、人間は平和になる。

 でも、とてもじゃないけど、殺せない。


「うーん」


 魔王たちを生かせば、人間たちを裏切ることになる。

 そんなことも、とてもじゃないけど無理。


「うーん……」


 他に、なにか策は無いのかしら?


 要は、争いが無くなればいいのよね。

 だとすれば、お互いに仲良くすればいいと思うのだけれど。


 でも、互いに仲良くする理由はない。

 だって、これまでさんざん傷つけあってここまで来たのだから。


 何か、大きな大義名分でもなければ、和解なんて――


「!」


 そうだ、閃いたわ!


「……」


 私は振り上げていた剣を降ろし、がくん、とうなだれる。


「聖女、さま……?」


 勇者は異変を察し、問いかける。

 私は目を見開き、告げる。


「我は、聖女ではない。この世界の神である」

「——ッ!?」


 静かに、重々しく。


「愚かな者どもよ。争う必要はない」


 魔王城の広大な空間に、私の声が響く。


「互いに手を取り合い、和を重んじよ」


 一同、静まり返る。


「やがて来る脅威に耐えうる、屈強な束となるのだ。いいな?」


 私の言葉を、一同はひざまずいて聞いていた。


「は、はい、わかりました……!!」


 勇者から言質を取り、私は神モードを解除する。

 同時に、盛大にしらを切り、すっとぼける。


「……あれ、私、どうしてしまったのかしら。突然、偉大なる主さまのお言葉が聞こえたような……」


 とぼけていると、魔王(少女)とその側近が駆け寄ってきた。


「せいじょさま、ありがとう!」

「ご慈悲を与えてくださり、感謝いたします……」


 彼らだけでなく、勇者一行も。


「聖女さま、ありがたき神のお言葉を伝えてくださり、ありがとうございます」

「アンタ、すげえよ!」

「一生ついて行きますわ~!!」

 

 気づけば、みんなが尊敬のまなざしで私を見つめていた。


「とりあえず、胴上げさせてください」

「はい!? え、ちょ、まっ――」


 疲労困憊の身体ではなすすべもなく、みんなに担ぎ上げられた。


「「「「「聖女さま、バンザーイ、バンザーイ!!」」」」」


 はあ、なんじゃこりゃあ。

 まあ、平和になったし、いいか――


 朦朧とする意識でぼんやりと考えていると、聞きなじみのある声が頭に響いてきた。




***




「——てください。起きてください!」

「ばんざーい……って、ん?」

 

 目を覚ますと、見慣れた事務所の中。


「まったく。いつまで寝てるんですか」


 目をこすり、声の主を見上げる。


「あら、マネージャーじゃない。あれ、私、異世界の仕事は?」


 ぼんやりしたままで私は続ける。


「……あ、分かった。みんなと仲良くなったから、現実世界に戻れたのね!?」

「はあ。寝ぼけてますね」


 頭を抱える彼の様子を見るに、どうやら先ほどまでのは夢だったらしい。


「なんか、残念だわ」

「何がですか?」


 大変な夢だったが、ちょっと楽しかった。

 主人公になって大冒険し、何かを成し遂げる。

 こんな体験、現実では味わえないだろう。


「何が残念かは知りませんが、いい話を持ってきましたよ」

「なによ、いい話って」

「オーディションです」


 彼から渡された資料に視線を落とす。


「聖女アルカディウス役……!?」

「ええ。たしか、原作好きって言ってましたよね」


 私は歓喜した。

 念願の主役である。


「マネージャー、大好き!」

「ちょっと待ってください。喜ぶのはまだ早いですよ」


 ん?


「これ、オファーじゃないですから」

「え、私で決まってるんじゃないの?」

「オーディションの案内ですよ」


 はあ、なあんだ。


「てっきり私の実力を分かってくれる人がいたのかと」

「バカなこと言わないでください」


 マネージャーは呆れた口調で続ける。


「オーディションを受けもしないのに、人気の役が勝ち取れるわけがありません。大御所声優でもないのですから」

「……そうよね」


 はあ、しょせん私は駆け出しの声優。

 結局、夢は夢のままなのだ。


「でも、勝ち取れないとも思いません」


 マネージャーの言葉に、私は顔を上げる。


「あなたがこれまで積んできた努力を、僕は信じています」

「……ありがとう」


 そうだ、私はこれまで、自信が持てるくらいには努力してきた。

 まずはもう一歩、踏み出してみたい。 


 やってみないと分からない。


 でも、やってみたら案外やれるかもしれない。

 さっき見た、夢の中みたいに。


 踏み出してみよう。私と、私を信じてくれる人を信じて。


「オーディション、受けてみるわ」

「あなたならきっとできますよ」


 私はオーディションに出す書類に筆を走らせる。


 このアニメの放送予定は春。


 咲き誇る桜たちと一緒に、私も、咲き誇ってみせる。 





<了>







―――――――――――――――――――――――――――

ここまでお読みいただきありがとうございます!


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「〇〇なところが面白かった」

「△△をもっとこうすればもっと面白くなるかも」


など、面白かった点や、

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といったアドバイス等いただけますと幸いです。


この度は御一読いただき、ありがとうございました。

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