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「先生、ありがとう」

「うん?いいよぉ、君の為なら先生大概のことは尽力するよぉ」

なんでも、と言わないあたり本気らしい。ありがたいけど、なんだかこわい。

先生の手配で、特許王との対面が叶った。推薦を貰ったお礼も言えたし満足だろう。

「クノくんを此処へ導いてくれたわけだから、先生としても感謝しちゃうねぇ」

「玄獣学…特許王は取ってなかったんですか?」

卒業生なのだから、先生が知っていてもおかしくなさそうなのに。最初に尋ねた時、先生は全く知らない様子だった。

「うーん。言った通り先生ヒトにあんまり興味なくてねぇ。よっぽど面白い子じゃないと、憶えていられないねぇ」

特許王はだいぶ記憶に残りやすそうなようにも見えたが、まあそういうこともあるだろう。



先生と別れて、今日も塔内を散策する。

外廊の近くでは大きな老月が足元を照らしてくれる。不意に、影が伸びた。

「見付けたぞ!」

「見付かった…?」

元気な声に首を傾げる。此方に人差指を突き付けているのはルマリエ先生だった。

「君だな!『夜な夜な塔内を徘徊している可愛い子ちゃん』とは!」

「………」

それはだいぶ、肯定し難い。

ふふん、と自慢げな様子のルマリエ先生は四方八方上下左右からボクを見回し、「なるほど」と頷いた。

「これは確かに可愛い子ちゃんだ。さては君が噂のアイドルだな」

「えぇと…」

やはり随分、肯定し難い。

「まあそれはいい。塔内の徘徊もまあ罪はない。だがしかし、だ」

ルマリエ先生はボクの目を覗こうとする。

「君は誰だ?」

「───…」

言葉に詰まる。先生の瞳が、あまりに強い。このまま名乗れば『負ける』気がする。

「おチビちゃんのおチビちゃん。学生を虐めているのかぁい?」

背後からぬぅと現れた腕がボクの肩を抱く。

「フン。君が出て来たということは、いよいよそういうことでいいな? いいか、我が学舎にこんな学生はいない・・・・・・・・・

「!」

マズい。ボクが追い出されれば、彼女が──

「いやぁ?君たちが招いた学生さぁ。正式に、試験を受けて合格してる」

肩に預けられた腕に少しだけ力が籠もる。大丈夫だ、と言われているようだ。

しかしルマリエ先生の自信は揺るがない。

「承認した学生の顔くらい憶えているとも」

「それが間違いさぁ。その学生の名はクノ=カノト・デアムーグ。もう一度思い出してご覧」

名前を聞いて直ぐ、ルマリエ先生は勝ち誇った。

「はは!ちゃんと憶えている。その名前はホド域の出の、黒髪の子だ」

「それがカノト・デアムーグくんだ」

「…なんだと?」

ルマリエ先生は、その僅かな差異を逃さなかった。

「…まさかそういうことか。君がクノくんだ、と?」

今度こそ肯定を返す。

「ボクとカノト・デアムーグは表裏一体、…二心同体?」

思考はクノ&カノト・デアムーグ。でも身体は、クノ=カノト・デアムーグ。併せて一人。ふたり同時には存在出来ない。

「それは……うむ…なるほどなー」

「カノトは真面目に学びに来ているから、ボクが追い出されると、困る。見逃して、お願い」

少女にしては高い位置にあるその顔を見上げ懇願する。ルマリエ先生は苦い表情を見せ、

「──ううむ、流石アイドル。その色仕掛けに負けたわけじゃないが…。すまない!君は問題なく我が学舎の学生だった。嫌疑を掛けた無礼を詫びよう」

ボクに頭を下げた。

「え…」

「良かったねぇクノくん。これで大手を振って歩けるねぇ」

クーシェ先生が口を開くと、ルマリエ先生はサッと顔を上げ八つ当たりのように指を突き付けた。

「問題は君だ、剥脱の蝙蝠。何故彼らに構う」

「ちょっとぉ。学生の前だよぉ?いいのかぁいそんなこと言ってぇ?」

「お得意の記憶操作があるだろう?」

「君本当にさぁ~」

内容の不穏さはともかくとして。クーシェ先生がたじろぐ立場なのも珍しい。いつも人を困らせる方で、困っているところはあまり見ない。

「はぁ。効かない相手も居るって説明したよねぇ。もっと気を付けて欲しいなぁ」

盛大に肩を下げてみせるが、ルマリエ先生に反省の気配はない。

「塔の管理者とフェディット先生だろう?まさかクノくんも不感症なのか?」

「ボクはクノくんには害をなさないのさぁ。求愛中だからねぇ」

「そうなの?」

肩越しにクーシェ先生を覗うと、いつものにこにこ笑顔で返された。

「そうだよぉ」

そうだったんだ。

「なるほどなー」

ルマリエ先生も頷いている。

「だったら尚更だ、愛を乞うなら隠し事は良くないぞ」

「へぇ~、小娘が言うなぁ」

クーシェ先生はルマリエ先生のことがキライとは言っていたけど、うん。ルマリエ先生風に言うなら、なるほどなー、だ。

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