第21話 武士の霊2

 昨日は小さなおっさんの霊のせいで余り眠れなかった為、今日の仕事に差し支えてしまった。


 また、ポカをやらかしてしまったのだ。


 今日の夜中も金縛りが来そうな予感がする。


 今日と言う今日は絶対に許さない。


 案の定寝入ったと思ったら、ゆる~い金縛りに掛かった。


 今日は逃がさんぞと思い、金縛りを解く力にも気合が入った。


「えぃっ!」


バッチ~ン! 嫌な音と共に身体が自由になった。


 これで準備万端だ。


「コラ、おっさん」


 と言っておっさんの後ろを観て凍り付いた。


 おっさんの後ろにもう一人恐ろしい顔をした男が立って居たのだ。


 一瞬でこの男はヤバイと思った。


 やべ~ヤツだ。


 なるほどね昨日のおっさんの半笑いはコレだったのだ。


 その証拠にまた半笑いを浮かべている。


 恐ろしい顔の男がゆっくりと近づいて来た。


 よく観ると腰に刀を差して居る。


 身なりは汚いが、背筋は伸びて居て動作には機敏さがある。


 多分武士だ。


 武士には武士の対処のやり方がある。


 兎に角下から攻めてプライドをくすぐってやるのだ。


 正雄は覚悟を決めると、素早く土下座を披露した。


「私に何か手違いでも御座いましたでしょうか、申し訳御座いません」


 横で小さいおっさんがニヤ付いて居るが仕方ない、緊急事態だ。


「ははぁ~……申し訳ございません」


 いきなり頭を下げる正雄に、武士少し驚いた様子で居た。


 そして、顔を緩めた。


「さような真似は致すな」


 そして、男の癖に土下座などしてはイケない的な言葉が返って来た。


 正雄は勝ったと思った。


 やはり武士には下からの攻撃なのだと再確認した。


「いえ、私が悪う御座いました故」


 わざわざ時代劇風に話さなくても伝わるのだろうが、そこは気分を出す為である。


「かしらを上げられい」


 頭を上げて下さい的な意味だが、正雄はそれでも土下座の体制を崩さなかった。


「上げられい!上げられい!」


 ちょっと怒っている感じなのですぐ上げた。


 すると、さっきまで恐ろしい顔だったのが笑顔に変わっている。


 よし今だ、と正雄は反撃の狼煙を上げる事にした。


 ここぞとばかりに正論をぶち込むのだ。


「お武家様、実はですね……」


 そこからは、正雄の独擅場だった。


 小さいおっさんが用も無いのに河川敷から正雄に憑いて来た事。


 仕事で疲れている正雄を、用も無いのに金縛りに掛けて苦しめた事。


 用も無いのに睡眠を妨げる行為に至った事。


 そのおかげで体調が悪くなり、大事な作業をミスして会社に損害を与えた事。


 特に正雄はこの“用も無いのに”を大いに主張した。


 小さいおっさんの方が悪いのだと印象付ける為だ。


 武士の霊は正雄の話を一々最もだと言うスタンスを取って聴いて居た。


 先程まで半笑いであった小さいおっさんの顔が、段々と恐怖の色に染まって行くのが分った。


「相分かった、お主の言い分は一々最もである、悪いのは皆この与次郎である」


 与次郎と言うのは、小さいおっさんの霊の名前だろう。


 武士の霊は大岡越前張りの名捌きを見せてくれた。 


「与次郎が迷惑をかけて済まなんだ」


 武士の霊はそう言うと、小さいおっさんの霊の襟首を掴み、引きずる様に暗闇へと消えて行った。


 この後、あのおっさんの霊はいったいどんな目に遭わされるのかと考えると、思わず笑ってしまった。


 溜飲が下がる思いがしてスッキリとした。


 今日は良く眠れるだろう。


 武士の霊は物分かりが良い、竹を割ったような考え方はやはり、武士道精神から来るモノだろう、気持ちが良い。


 自分もそうありたいと正雄は思った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る