第四話
「大人しくしてもらおうか。ラルフ・レイモンド陛下」
「我々の目的はただ一つ。貴方の命だけだ」
「貴殿が抵抗しなければ、城内の人間には手を出さぬ」
「抵抗してくれるなよ」
見慣れた服装の賊に、ジャンナは目が零れ落ちそうなほど見開いた。
一人だけ見慣れない顔がいるが、今は気にしていられない。
(どうして、王国の隠密がここに? 私が嫁ぐことで和平を結びましょうってことじゃなかったの?)
姿を現した賊に、驚くこともなく、ラルフは大きなため息をついた。
「はーぁ。今来ちゃう? もうちょっとタイミングを考えてほしいなぁ。愛しい妻とデート中なんだけど?」
「ラルフ陛下、あの者たちは――」
「大丈夫。心配しないで」
言いかけた言葉を最後まで言わせてもらえず、賊の攻撃が始まってしまった。
ジャンナと一緒に飛んでくるナイフを軽々と避けるラルフは、飄々とした顔を崩さない。
しかし、逃げ回るだけでは、この状況を好転させることはできないだろう。
(賊のリーダー、あれは王国の誇る隠密の精鋭だわ。ラルフ陛下ではすぐにやられてしまう! っ、かくなるうえは……)
腰に回った手をはがしたジャンナは、ラルフににっと笑ってみせた。
「私が彼らを引き付けるわ。その間にラルフ陛下は逃げて」
「え、ちょっと!」
ラルフの制止を振り切りジャンナはドレスの裾を裂いた。
太ももに忍ばせていた短剣を取り出し、ジャンナは賊へと襲いかかる。
近場にいた賊はラルフしか見ていなかったようで、飛びかかってきたジャンナに目を見開いた。
「っ!? どこから湧いた!?」
ジャンナの刃が覆面を掠めたその時、別の賊に首根っこを捕まれ、賊は運よく攻撃を避けた。
(私に気が付いていなかった……? いいえ、それよりも)
ジャンナの存在に気が付かなかった賊は、よく知った声をしていた。
わずかに届いた刃が覆面に切れ込みを入れていたようで、賊の覆面が落ちる。
姿を現したのはジャンナの元婚約者バーナードだ。
「……なぜ貴方様がここに?」
「ふん! お前が上手くやっているか見に来たのだ!」
「は?」
「我が国の隠密であるお前に与えた極秘任務忘れたわけではあるまい?」
「……は?」
突然意味の分からないことを言い出したバーナードに、怪訝な顔を向ける。
(どういうこと? 殿下がここに来ていることと何か関係がある? というか、極秘任務なんて私知らな――そういうこと!!?)
そこまで考えて、さっと青ざめる。
ジャンナは妃といえど、まだ帝国へ来て一ヶ月しか経たない新参者だ。
そんな妃が他国の密偵だと知れば、ジャンナは最悪処刑されるだろう。
(そう。使い終わった駒はいらないってことね)
ニタニタといやらしい笑みを浮かべるバーナードに殺意が沸く。
だからといって彼を狙おうにも隠密たちに守られているため、先ほどのように避けられてしまうだろう。
(……ラルフ陛下は今の、聞いていたわよね。怖くて顔を見れないわ)
裏切ったと罵られるだろうか。それとも、何も言わず処刑台に案内されるだろうか。
悪い方向へと思考が行ってしまい、ジャンナは目を伏せた。
「よ、っと」
この場に不釣り合いな声とばちゃばちゃとした水音が聞こえる。
ばさりと何かが落ちる音がしたかと思うと、ジャンナは背後から抱きしめられた。
「そんな不安そうな顔しないで」
ジャンナを守るように抱きしめたのはラルフだ。
首周りにあるはずの特徴的なフリルは取り除かれており、いつも以上に密着している。
彼を見上げれば、褐色の肌がジャンナを包んでいた。
先程の音はどうやら化粧を全て落としていた音だったようだ。
「ラルフ陛下……そのお顔は……」
水に濡れたため、オールバックだった髪は垂れ下がり、褐色の肌を彩っている。
紫紺の瞳は突如砂漠の夜に現れたオアシスのように幻想的で、見入ってしまう。
絶世の美女ならぬ、絶世の美男子といった顔のラルフに、ジャンナは困惑するばかりだ。
「化粧を取るとさ、素が出ちゃうんだよね。素は皇帝らしくないってよく言われてたからさ、暗示みたいなものなんだ」
「へ?」
どこか氷のような冷たさのある表情に、ジャンナの背に冷や汗が伝う。
圧倒的な強者に感じる威圧感を、この時初めて感じた。
「だけど流石に黙っていられないなぁって」
「えっと、何が……?」
「一瞬で終わらせるから、待っていて」
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