第1話 三人のたわいもない日々

「はぁ、あっついな。まだ八月にも入ってないってのにもうこんなに暑いのかよ」

 五月の最後の週。来週からいよいよ六月に入って、梅雨が到来してもおかしくないってのに今年は例年の八月並みの猛暑だった。

 窓際の後ろの席にいる俺こと城ヶ崎(じょうがさき)明(あきら)は授業中にこっそりと窓を開けて、外からやってくる風を存分に味わう。こいつは窓際の席にいる俺の特権だからな。

 風でノートがパラパラとめくれるのも気にも止めず、興味のない数学の授業から目をそらして空を見る。どこまでも澄んだ初夏の青空が広がっていた。

 思わず見入ってしまう青空を眺めながら、ふと考えてしまう。

 風吹高等学校に入学して、もう一年が経った。

 中学生の時に憧れた高校生活ってやつは思いのほか地味で、部活も中学の延長線って感じで特に変わったことなんてなかった。

 どこにでもあるような高校で対して面白い部活があるわけでもない。

 こうなったのは特に面白みのない公立の高校を選んでしまった自分にも責任はあるんだろうが。しょうがない、私立の高校を選べるほどウチにお金があったわけじゃないし。

 だからこそ、だろうか。

 未知への冒険に憧れたんだ。

 自分がファンタジーの世界に行く妄想をする。

かっこいい黄金に輝く勇者の剣を携えて、分厚い鋼の鎧を着て、ドラゴン退治をするのはどうだろう。魔法なんかも使えて、魔物たちを一掃できたらとんでもなく気持ちいいのは間違いない。

あるいは超能力者になるのはどうだろう。

街を守るヒーローとして、サイキックバトルを繰り広げる。

 まあ、そんなのが無理なのはわかっている。

 だって、魔法の使えるファンタジーの世界なんて代物があるわけないし、超能力者として街を守る正義のヒーローになるのはどうだろう。

 現実を十分に知り尽くしているからこそ、そういった非日常的な冒険の憧れをライトノベルや漫画やゲームで穴埋めした。

 だって、こんなのフィクションの世界でしかありえないだろ?

 魔法や超能力のある世界なんて起こりえないことは誰もが知っている。俺だってそのくらいはわかっちゃいるんだよ。

 中学生みたいな夢を持っていることはわかっている。

 でも、もしわずかにでもそういう可能性があるのなら、本当にそんな体験ができたらなと憧れられずにはいられなかったんだ……。



 そんなことばかり考えていたら頬を突然ムニッと押された。

 誰だよ、と思いながら見てみるとシャーペンの裏側が俺の頬に当てられていた。

「アキラ、空ばっかり見過ぎじゃない?」

 根元まで視線をやるとそこには幼馴染の七瀬(ななせ)志保(しほ)が呆れた顔をしながら、俺にシャーペン向けていた。先端じゃなかったのは志保なりの配慮だろう。

 朝から時間をかけたことを想像させるような綺麗に編み込まれた三つ編み。細く整った眉に大きい瞳。暑さのせいか少し赤く上気した頬に薄い桃色の唇はリップでも塗ったかのように艶やかだ。小さい頃よりもどんどん可愛くなっていく志保にときどき変に意識してしまう。

 ただ向こうは俺が意識するほど気にも止めてないように思える。

 いつも真面目な彼女は授業の要点とかをノートにまとめて見せてくれて、不真面目な俺をいつも気にかけてくれていた。

志保に授業に集中するように言われた俺はどう答えたもんかなと思って、とりあえずははぐらかすことにした。

「いや、ちょっと人類の未知なる可能性の有無について考えていてな……」

「わけのわからないこと言ってないで黒板を見なよ。杉山先生、一生懸命教科書から板書してるんだからね」

 黒板の方を見ると学ぶ気力の起きない謎の方程式が描かれていて、そんなことにちっとも興味のなかった俺は自分の持つシャーペンをくるくると回転させて遊んだ。

 その様子を見て、ため息をつく志保。

 どうやら俺がまともに勉強する気がないのがわかってもらえたようだ。

「まっ、アキラが勉強に興味ないのはわかっていたけどね」

 志保は黒板に書かれた方程式を見てはノートに書き写しながら呟く。

「そういえば知ってる? 北海道でこの季節なのに雪が降ったんだって」

「へぇ、五月なのに珍しいな。全然知らなかった」

「ここのところ、異常気象が次々に起こっててそのせいじゃないかって言われてるけど」

 確かに北海道とはいえ、五月の末に雪が降るなんておかしいもんな。

 俺はよく使われる冗談で返した。

「もしかしたらさ、古代人の仕業だったりしてな。ほら、一夜にして都を建てたって話があるし。あながち間違いでもなかったりして」

「あんな馬鹿げたおとぎ話なんか信じないでよ。アキラって、もうほんとに子供なんだから」

 俺のボケに対して、呆れた表情を浮かべる志保。

まあ、ありえない話だよな。

 この国に古くから伝わる話だ。なんでも、古い時代にこの地を訪れた古代人が一瞬にして都を築いたという馬鹿げたおとぎ話。

 でも、そんなことを信じている人は誰もいない。

 古代人が卓越した技術力を持っているのは知っている。

 今の基本的な生活基盤や技術なんかは古代人の作った古文書が基になっていて、電気に車に携帯にパソコンなんかの作り方も全て書かれてあったらしい。

 なんで、そんなことに詳しいかというと、俺の身近にも一人そういった古代人関連に詳しい人がいるからだ。それが俺の祖父、城ヶ崎昭三だ。

 俺のじいさんは考古学者で古代人の遺跡で発掘しては多種多様な出土品を掘り当ててはいるが今のところそういった物凄い考古学的発見のあるものは見つけてはいない。

 いくら古代人が凄かろうが都を一つ築けるほどのお宝なんて一度も見つかっちゃいないんだ。

 伝説は伝説に過ぎないんだろう。

 そう一人で感慨に耽っていると、

「なんだなんだ? なんの話をしてるんだ。オカルトか? オカルトの話だったら俺も混ぜろよ。古代人の話だったらそれなりに詳しいぜ」

 クラスメイトであり悪友である村上大吾が前の席から後ろを振り返って俺たちの会話に乗ってきた。こいつ、こういう話になるといつも首を突っ込んでくるんだよな。

「おい、大吾。今は授業中だぜ。先生の話を聞かなくてもいいのかよ」

「へっ、よく言うぜ。二人で仲良く話してたくせに。大体な、オカルトのことでオレを仲間はずれにしようだなんて思っちゃ困るんだよ」

 まあ、こいつがオカルト雑誌の『Moo』をよく読んでいていることは知っていたけれど。

 大吾は現代人にとっておおよそ絶滅危惧種とも呼べるようなオカルト大好きっ子であった。

 外見は短髪で高身長。身体は細身で運動神経抜群。顔もいいのにも関わらず、オカルトに夢中なおかしな男だ。ほんと、こいつの見た目でオカルトに興味あるとかなんの冗談だよ。

「今の異常気象にオレ、心当たりあるぜ」

「知っているのか、大吾」

「おうよ。実はだな、古代人ってある秘宝を持っていたらしいんだ。姿形は黄金の球で、なんでもどんな願いも叶えてくれる理想の世界にしてくれるんだってよ」

「いやいや、いくら古代人が凄かったとはいってもそんなものあるわけないだろ。大体、そんなもん秘宝どころか神の力じゃねえか」

「オレもありえないと思ってはいるんだけどそれがあるんだよ、そういう話が。例えば、お金が欲しいと思うだろ。そう思ってその秘宝に願えば現金の紙幣が山ほど出るらしい。他にも空を飛びたいと思えば自分の意思で自由に飛べるようになるし、女の子にモテモテになりたいと思えばモテモテになる。信じらんねえだろ?」

「ありえないでしょ、そんな話」

 志保が口を挟む。どうやら俺と同じく疑問に思っているらしい。

 だって、道具で願いが叶う理想の世界にしてくれるなんてありえないだろ?

 二十二世紀の猫型ロボットのひみつ道具の電話ボックスでもあるまいし。

「どういう仕組みなのかはまったくわからないが、ともかくそいつがあったとしたら、この国のおとぎ話にある都を築いたって伝説も多少はわかるだろ」

「そんなものが本当にあるならな。でも、それと異常気象となんの関係があるんだ?」

「それが関係あるんだよな。実は――」

「オッホンッ!」

 大吾が言葉を続けようとすると、いつの間にか杉山先生の大きな咳払いの音がする。

おそるおそる振り返ってみるとそこには禿げ頭のいかつい体格の教師が……。

 うげっ、見つかっちゃったよ。

「城ヶ崎、村上。まーたお前らでくっちゃべっていたのか。私語を慎まんか!」

「「すんませんでしたー!」」

 先生のお叱りにペコペコと平謝りする俺達。

 ってか、なんで俺達二人だけが注意されるんだ。

 志保のヤツはどうなったんだよ。

 返事のしなかった志保の方を見ると黒板に書かれてあることを書き写していた。

 俺が見ていることに気付くとニヤリと笑みを浮かべる。

 コ、コイツ、俺らが先生に見つかったことに気付いてすぐに勉強しているフリをし始めたな。

 昔からこういう小狡いところがあるんだよな。

 気付いたら注意されているのは俺と大吾の二人だけみたいな。

 先生が再び黒板の方を向くやいなや、志保はシャーペンの裏を俺の頬に再び当てきて、

「油断大敵だよー。ア・キ・ラ」

 ニコッと小悪魔的な笑みを浮かべる志保。

 イラッときた俺は腕を掴んで引き寄せて、志保の脇をこちょこちょとくすぐる。

 長年、志保と幼馴染として付き合ってきたから知ってる、こいつがくすぐりに弱いってことを。特に脇には致命的なまでに弱いからな。

「あははっ、ちょ、やめっ、な、なにすんの。授業ちゅ、あっははは――」

「おい、そこ。うるさいぞ! って、またか城ヶ崎!」

 ちょっかいをかけたり、かけられたり。これが俺と志保と大吾の日常だった。

 俺はこの日常のことをどこか退屈だと思いながらもそれなりに満足していた。

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