第46話 未来への余韻

 朝日が差し込む中、あゆみは机に向かい、便箋を前にして静かに考え込んでいた。子どもたちや中川先生への感謝をどう伝えようか――そんな思いが胸を巡っている。




「何て書けばいいかな……。」




 ペンを手に取り、まずは中川先生への言葉をしたためる。




「中川先生、教育実習ではたくさんのことを教えていただき、ありがとうございました。未熟な私にとって、先生の言葉一つひとつが支えになりました……。」




 書きながら、あの日の職員室でのフィードバックや、子どもたちとの接し方についてのアドバイスが思い出され、自然と微笑みが浮かんだ。




 便箋を封筒にしまい、一息ついたそのとき、リビングかられんとりおの元気な声が聞こえてきた。




「先生!鬼ごっこしよう!」




「違うよ!あゆみ先生は休みの日だよ!」




 二人のやり取りを聞きながら、あゆみは笑みを浮かべた。




「私、先生じゃないよ。でも、鬼ごっこくらいなら付き合ってあげる。」




 リビングに顔を出すと、二人は嬉しそうに手を挙げた。「やったー!」と歓声を上げる姿を見て、あゆみの胸に温かなものが広がる。




 午後、あゆみは近所の書店で教採の問題集を買い込んだ。最新年度の問題集や模擬試験集がずらりと並ぶ中、どれを選ぶべきか悩む。




「これ全部覚えられるのかな……。」




 不安が胸をよぎるが、頭の片隅には子どもたちの笑顔が浮かぶ。




「そうだ、あの子たちみたいに頑張ればいいんだよね。」




 自分に言い聞かせるように小さく頷きながら、問題集を抱えて会計を済ませた。




 その夜、あゆみはリビングでれんとりおと一緒におやつを食べていた。チョコレートの包み紙を広げながら、ふと二人があゆみの手元をじっと見ているのに気づく。




「これ、食べたいの?」




「あっ……うん。」




 あゆみはチョコレートを半分に割り、それぞれの手に渡した。二人が嬉しそうに頬張る姿を見て、あゆみは思わず微笑む。




「これ、あまりしないよね。」




 すばるがぼそりとつぶやいた。その言葉に、あゆみは首を傾げた。




「何が?」




「君が自分のものを自然に分けてあげたの、珍しいんじゃないかな。」




 その言葉に、あゆみの手が止まる。




「あ……確かに、そうかも。」




 すばるは優しく微笑んで言った。




「家族って、そういうものだよ。共有するのが当たり前になっていく。でも、その一歩を踏み出せた君は、もう名実ともに家族だよ。」




 その言葉に、あゆみは少し照れながら頷いた。胸の中に、ぽっと小さな灯りが灯ったような気がした。




 あゆみは机に戻り、問題集の最初のページを開いた。「まだまだ道のりは長いけど……やってみよう。」子どもたちの手紙や似顔絵が、そっと引き出しの中から彼女を見守っていた。

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