第44話 輪の中で

 教室はいつものように賑やかだった。あゆみはゆっくりと教卓に立ち、深呼吸をしてから子どもたちを見回した。まだ少し胸がざわついていたが、意を決して話し始める。


「みんな、ちょっとわたしの話を聞いてくれる?」


 子どもたちは徐々に話をやめ、あゆみの方を向いた。まだ完全には和らいでいない空気が漂う中、あゆみは自分の心を絞り出した。


「昨日、みんなに嫌な思いをさせちゃった。本当にごめんなさい。」

 教室が少しざわついたが、あゆみは続ける。


「わたし、この実習期間でみんなと一緒にもっと楽しい学校生活を作りたいと思っているの。でも、昨日みたいに先生が間違えたら、みんなも教えてほしい。先生もまだ成長中だから、一緒に頑張らせてね。」


 その言葉に、教室の空気が少し柔らかくなった。

「大丈夫だよ、先生!」

「昨日の話、家で考えたよ。もう落書きとかしない!」


 元気な声が飛び交い、あゆみの胸に少しずつ安堵が広がっていった。



 昼休みになると、子どもたちが駆け寄ってきた。

「あゆみ先生!一緒に増え鬼やろうよ!」


「え、先生も?」と一瞬戸惑うが、楽しそうな笑顔に引き込まれ、思わず頷いていた。

「分かった。みんな手加減してね!」と笑顔を作りながらも、内心は緊張していた。


 校庭に出ると、増え鬼が始まった。あゆみは久々に体を動かす楽しさを感じながら全力で逃げ回る。バレー部で鍛えた素早さで、子どもたちをかわす度に、「先生、速い!」「追いかけろー!」と歓声が上がる。


 しかし、鬼が増えていくにつれ、子どもたちは自然と協力を始めた。

 「あっちだ!」「囲めー!」という声が聞こえる中、あゆみは息を切らしながら逃げ回った。右へ左へと体を振りながらも、次第に足が重くなる。

「もうダメかも!」と笑いながら振り返ると、すぐそこに子どもたちの笑顔があった。そして、ついに――「捕まえた!」という声と共に、あゆみは歓声の中で地面に座り込んだ。


「やられたー!」

 地面に座り込みながら息を切らせ、あゆみは思わず大笑いした。子どもたちも同じように笑いながら輪になり、達成感に満ちた顔をしている。


「みんな、本当にすごいね!負けん気も、協力する力もびっくりだよ!」

 その言葉に、子どもたちは少し照れながらも嬉しそうに微笑んだ。


 

 数日後、放課後の教室で、一人の女の子があゆみに近づいてきた。

「先生、メイクの仕方教えてほしい。」


 その言葉に驚きながらも、あゆみは微笑む。

「メイク!?小学生でもやるの?」


「うん!やっている人も多いよ!それに、先生みたいに可愛くなりたいんだもん!」と笑顔を見せる女の子に、あゆみは照れ笑いを浮かべた。

「でもね、まずはお肌を綺麗にすることが一番大事かな。それに、自然な笑顔が一番可愛いよ。」


 女の子は少し恥ずかしそうにしながらも、「ありがとう!」と元気に応じた。

 その小さなやり取りが、あゆみの心をまた少し温かくした。



 その日の夜、あゆみは机に向かい、今日一日のことを振り返りながら日記を書いていた。


「今日は子どもたちとたくさん遊んで、笑って、楽しい時間を過ごすことができた。増え鬼では、負けん気いっぱいの子どもたちに驚かされたし、女の子と話していて、こんなに素直に自分を頼ってくれるんだって感じた。


 子どもたちを苦手だと思っていたのは、きっと私が心に壁を作っていたから。今日の時間は、私自身が一番楽しんでいた気がする。もっと子どもたちを知りたいし、一緒に成長していきたい。」


 ペンを置いたあゆみは、ふとリビングを見ると、すばるが本を読みながら微笑んでいた。

「どうだった?」

「あのね……なんか、今日、すごく楽しかった。」

 その言葉に、すばるは穏やかに頷きながら一言だけ。

「それが一番だよ。」


 あゆみの胸に、小さな達成感がじんわりと広がっていった。

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