第40話 実習の初日、はじまりの一歩

 朝の冷たい空気が心地よく、澄んだ青空が広がる実習初日。あゆみは、小さな緊張感と大きな期待を胸に、小学校の門をくぐった。




「ここが……私がこれから学ぶ場所。」




 子どもたちの笑い声が響き、元気よく挨拶をする姿が見える。普段の大学とは全く違う雰囲気に、あゆみは少し戸惑いながらも足を進めた。




 職員室のドアをノックすると、中から温かい声が聞こえた。




「どうぞ。」




 中に入ると、実習担当の主任教諭が笑顔で迎えてくれた。彼の名は中川悠真なかじま ゆうま。背が高く、眼鏡越しの穏やかな目が印象的だ。




「如月あゆみさんだね。今日はよろしくお願いします。」




「あ、はい!よろしくお願いします!」




 あゆみは緊張しながらも、深くお辞儀をして挨拶をした。中川は微笑みながら、少し柔らかい声で続けた。




「教育実習というのは、ただ教壇に立つだけじゃなくて、子どもたちと一緒に成長する場でもある。気楽にいこう。でも、責任感を持つことも忘れずにね。」




「はい……ありがとうございます!」




 その言葉に、あゆみの緊張が少しだけほぐれた。




 最初のクラスは4年生。教室の中には明るい声が響き、子どもたちが元気いっぱいに動き回っている。中川先生が教室に入ると、子どもたちは一斉に注目し、挨拶の声が飛び交った。




「みんな、今日は新しい先生が来てくれるよ。教育実習の如月先生だ。」




 子どもたちの目が一斉にあゆみに向く。興味津々の視線に、あゆみは一瞬戸惑ったが、できるだけ明るい笑顔を浮かべた。




「みんな、こんにちは。如月あゆみです。短い間だけど、一緒に楽しい時間を過ごしたいと思っています。よろしくお願いします!」




「よろしくおねがいしまーす!」と元気な声が返ってくる。




 だが、その直後、子どもたちの口から次々と無遠慮な質問が飛び出した。




「先生、何歳? 20歳? 30歳?」


「先生って彼氏いるのー?」


「ねえ、先生って何の大学行ってるの?」


「先生、お昼ごはん何食べるの?」




 一斉に浴びせられる質問の嵐に、あゆみは思わず顔を引きつらせる。




「ちょ、ちょっと待ってね、順番に……!」




 小学生らしいデリカシーのなさとテンションの高さに圧倒され、あゆみは冷や汗をかきながらなんとか答えていったが、内心では「やっぱり苦手だな……」と思わずにはいられなかった。




 昼休み、中川先生と職員室で話す機会があった。




「如月さん、初日どうだい?子どもたちの元気に圧倒されてるかな?」




「はい……少し……でも、楽しいです。」




 あゆみが苦笑いしながら答えると、中川先生は微笑みながらうなずいた。




「慣れるまでが大変だよ。でも、慣れてしまえば、彼らの素直さやエネルギーが逆に癒やしになる時もある。」




「そうなんですね……。」


 あゆみはまだその感覚を理解するには遠かったが、少し気持ちが軽くなった。




 中川先生はカップを手に取り、ふと思い出したように尋ねた。




「ところで、如月さんはどうして教師を目指そうと思ったんだい?」




 その質問に、あゆみは一瞬迷ったが、正直に答えることにした。




「高校の時の担任だった星宮先生という方がきっかけです。すごく素敵な先生で、憧れて教育学部に進みました。ただ……今は子どもたちと接する中で、小学生の教育にも興味を持つようになって。それで、苦手意識があるながらも、小学校の先生を目指してみようと思いました。」




 その言葉を聞いた中川先生は、少し驚いたように目を丸くした。




「星宮……そういえば昔、母からその名前を聞いたことがあるよ。珍しい苗字だから印象深くてね。もしかして、その先生の名前って昴すばるだったりする?」




「えっ……そうです!星宮昴ほしみや すばる先生です!」




 あゆみが目を輝かせて答えると、中川先生は納得したように微笑んだ。




「やっぱり……それなら母が昔担任をしていた人だよ。母さんが聞いたら喜ぶだろうな。」




「そんな……偶然なんですね……!」


 あゆみは、星宮先生の名前がこんな形でつながることに驚きと感動を覚えた。




 帰り道、夕日が校舎を染める中、あゆみは静かに歩きながら今日の出来事を振り返った。




「小学校教諭への道は、まだまだ始まったばかり。でも……きっと私ならできる。」




 自分に言い聞かせるように呟き、あゆみは未来への決意を新たにした。

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