第17話 姉
翌朝、あゆみは思い切って姉に電話をかけることにした。
「……お姉ちゃん、今ちょっといい?」
少し緊張した声でそう言うと、電話の向こうからは相変わらず冷静で落ち着いた姉の声が返ってきた。
「どうしたの?珍しいね、あゆみから電話なんて。」
あゆみは深呼吸をしてから、思い切って話を切り出した。
「私……今、同棲してるの。高校のときの担任だった人と。」
一瞬、電話の向こうが静まり返った。姉の反応を待つ間の数秒が、まるで永遠のように感じられる。
「……同棲って、どういうこと?担任って、星宮先生のこと?」
冷静だが、少し険を帯びた声。あゆみは小さく頷きながら話を続けた。
「うん。星宮先生。彼には二人の子どもがいて……一緒に暮らしてるの。」
その言葉を聞いた姉は、すぐに反応した。
「それ、本気で言ってるの?」
「うん。本気だよ。彼と、子どもたちと……一緒に未来を作りたいって思ってる。」
電話の向こうで、小さなため息が聞こえた。
「あゆみ、正直に言うけど、それは賢い選択とは思えない。」
姉の言葉は冷静そのものだったが、その一言があゆみの胸に突き刺さった。
「どうして?」
あゆみは反論しようとしたが、姉はその隙を与えずに続けた。
「普通に考えてみて。担任だった人と付き合うだけでも世間体を気にするのに、その人が子どもを二人抱えたシングルファーザーだなんて、どう見ても苦労する未来しか想像できない。」
「でも、私は……!」
「聞いて。確かに今は感情で動いてるかもしれないけど、それが一生続くと思う?それに、子どもたちだって、いずれはあゆみをどう見るかわからない。親でもない人に母親のような役割を求められて、それを耐えられる?」
姉の言葉は理路整然としていて、感情的な余地を与えなかった。
「あゆみ、今の選択が間違ってたらどうするの?失敗したら元も子もないじゃない。」
その言葉に、あゆみの中で何かが弾けた。
その瞬間、高校時代の記憶が鮮やかによみがえった。
「行動を起こさなければ失敗は起きない。逆に言えば、行動を起こすことができたっていうこと自体が、如月さんの頑張りだよ。」
すばるが、学園祭で悩む自分にかけてくれた言葉。それは、あゆみの中でずっと光り続けていた。
「失敗したらって……成功や失敗なんて、人生の最後に振り返らないとわからないじゃない!少なくとも私は、今自分が信じた道を進みたいの!」
一瞬、姉は驚いたように沈黙したが、すぐに冷静な声で答えた。
「でも、その選択が周りにも影響を与えるってこと、わかってる?」
「わかってるよ!でも、それでも行動しなければ、何も始まらないんだって気づいたの。行動を起こさなければ失敗もないけど、成功だってない。」
その言葉を言いながら、あゆみの中にある確信が生まれ始めた。
「結局、失敗を恐れて何もしないのは、何も変わらないってことだよ。私は、自分の居場所を見つけたいの。それが、すばるさんや子どもたちと一緒に歩くことなんだ。」
あゆみの力強い声に、姉は再び沈黙した。電話の向こうから、小さなため息が聞こえた。
「……あゆみ。あなたがそこまで言うなら、もう私は何も言えないわ。でも、覚えていて。選択した責任は最後まで取らなければいけない。それが大人になるってことだから。」
電話を切った後、あゆみは深く息をつきながらソファに座り込んだ。
「お姉ちゃんの言うことは正しい……でも、正しいだけじゃ私の気持ちは変えられない。」
自分の中で芽生えた確信。それは、すばるの言葉に支えられたものだった。
「行動を起こすって、こんなに怖いんだ……。」
それでも、その恐怖を抱えたまま、前に進む決意を固めた自分がいる。
「私は、失敗を恐れないで、この道を進みたい。」
胸の中で生まれた小さな光が、あゆみを静かに照らしていた。
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