第2章:母になる、その途中で

第6話 初めての訪問と迷い


冷たい冬の風が吹く土曜の午後、あゆみはすばるの家の前に立っていた。


目の前には、どこか懐かしさを感じる二階建ての家。だが、その扉の向こうにいる子どもたちの存在を思うと、心臓が高鳴り、不安が胸を締め付ける。


「本当に大丈夫かな……。」


自分に言い聞かせるように呟いた後、あゆみは深呼吸をしてインターホンを押した。





「こんにちは。」


玄関のドアが開き、そこには小さな男の子――れんが立っていた。


彼はじっとあゆみを見上げている。大きな目が彼女を観察するように動き、どこか警戒心が滲んでいた。


「れん、如月さんだよ。」

すばるが優しい声で息子に声をかける。


「こんにちは、れんくん。」

あゆみは微笑みながら挨拶したが、その笑顔は少しぎこちなかった。


すると、奥からもう一人、小さな女の子が顔を出した。


「お姉ちゃん、誰?」


彼女――りおは、興味津々の目であゆみを見上げながら言った。その目には、警戒心よりも好奇心が溢れている。


「如月さんだよ。一緒に遊んでくれるよ。」

すばるがりおにそう言うと、彼女は嬉しそうに笑顔を見せた。


「あゆみちゃん!一緒に遊ぼう!」


突然名前を呼ばれたことに驚きながらも、あゆみは「よろしくね」と優しく答えた。





その日、あゆみは子どもたちと数時間を共に過ごすことになった。


「これやって!」

りおが小さな手でおもちゃを持ちながら、あゆみに差し出した。


「うん、やろうか。」

あゆみは少し戸惑いながらも、りおの勢いに押される形で遊び始めた。


一方、れんは少し距離を置いて、二人の様子を静かに見つめていた。


「れんくんも一緒に遊ぶ?」

あゆみが声をかけると、彼は一瞬視線を合わせたが、すぐにそらした。


「いい。」


その短い返事に、あゆみは少しだけ肩を落とした。





りおはすぐにあゆみに懐き、あれこれとおもちゃを持ってきては「これして!」「あれ見て!」と無邪気に誘ってくる。


「りおちゃん、元気いっぱいだね。」

あゆみは笑いながらそう言ったが、内心では緊張が解けない。


彼女の視線の端には、れんの姿があった。

彼は少し離れた場所で、静かにレゴブロックを積み上げている。


その様子を見て、あゆみは心の中で思った。


「お兄ちゃんらしく振る舞おうとしてるのかな。でも……無理してるのかも。」





しばらくすると、れんが積み上げていたブロックが崩れてしまった。


「……。」


彼は何も言わず、静かに崩れたブロックを拾い集める。


「れんくん、大丈夫?」

あゆみはそっと声をかけた。


れんは一瞬彼女を見たが、何も言わずに首を横に振った。


「手伝ってもいい?」


その言葉に、れんは少し驚いたような表情を見せたが、やがて小さく頷いた。





あゆみがれんの隣に座り、一緒にブロックを積み上げ始めると、りおがそれを見て「私もやる!」と加わった。


三人でブロックを積み上げるうちに、自然と笑い声がこぼれるようになった。


「ここ、もう少し高くしようか?」

「じゃあ、僕がこれを乗せる!」


れんの声には、少しずつ明るさが戻ってきた。



帰り道、あゆみは冷たい風を感じながら歩いていた。


玄関先で手を振るれんとりおの姿が目に浮かぶ。無邪気に笑うりおの声、少し控えめながらも優しさを感じさせるれんの仕草。それらすべてが胸に刻まれていた。


しかし、あゆみは足を止めた。


「私は……この子たちのためになれるのかな。」


つぶやいた言葉が冬の空気に溶けていく。


すばると一緒に過ごしたい――その思いは揺るぎないものだった。

だが、その未来にはれんとりおという存在が深く関わっている。それは、あゆみが避けては通れない現実だった。


「先生の隣にいるためには、もっと強くならないといけないのかな……。」


あゆみは自分の中で渦巻く不安と向き合おうとした。


子どもが苦手な自分が、果たして二人にとって何かを与えられる存在になれるのだろうか――その答えはまだ見つからない。


それでも、あゆみは歩き出した。


冷たい風が頬を刺す中、彼女はふと空を見上げた。


「もう少しだけ、頑張ってみよう。」


小さく呟いた言葉は、彼女自身への誓いだった。


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