第24話:反撃開始(セファラからリオへ)
「わ~~~ん! アケビの絵本が~~~~!」
幼稚園児くらいの女の子が泣いている。
表紙もページも、ぐちゃぐちゃになった絵本を、大事そうに抱いていた。
「泣くなよ」「先生に怒られるだろ」
「おい男子! アケビにあやまれ!」
「げっ男女が来たぞ!」「逃げろー!」
「待て、お前らー!」
赤髪の少女が、少年のあとを追いかけようとする。
だが、服の裾を掴まれ、どてんと転んだ。
「なにすんだアケビ! 危ないだろ!」
「ご、ごめんね……リオちゃん、怒ってたから」
「だって怒ってるよ! あのクソガキども、ぶん殴って謝らせる!」
少女はまだ裾を掴まれ、引っ張られる。
「なんで止めるんだよ、アケビが酷いことされたんだぞ!」
「──リオちゃん、アケビのために怒らないで?」
その考えは幼いリオには理解できず、「どうして?」と尋ねる。
「よくわかんないけど、悲しいことだから」
「うーん……じゃあ、次に困ったら、もっと早く助けを呼ぶんだぞ!」
リオが「約束だ」と差し出した小指に、アケビが小指を絡める。
「うん、約束する!」
「アケビが困ったときは絶対、助けに行くから──」
「リオちゃん、スーパーヒーローみたい!」
「ヒロインじゃなくて……? そうだな、私は男女だし、スーパーヒーローだぞ!」
アケビはいつの間にか泣きやんで、笑顔になっていた。
この後、彼女は別の施設へと引き取られていき、ひとりぼっちのリオは寂しくて、
次に彼女が笑うのは、
◆
「よっ、目え覚めたみてえだな」
「ロティか……ここは、どこだ……?」
「緊急避難用のシェルターだとさ」
よく見れば、何時ぞやの寝台に寝かせられていた。怪我を負ったソラエも別の寝台に寝ている。
本来は怪我人の処置用だったのか、とリオは納得する。
あの時は、セファラに勝手に手術されて、みっともなく泣いたものだ。
「そうだ、セファラはどうなった!」
ロティは無言で、首を振った。
「死んだぜ。死体はそこ」
親指でさし示す先には、黒い遺体袋が寝台に寝かされていた。リオは重症の体に鞭打って、セファラだったものに触れようとする。
「見ないほうがいいぜ……。ひでえ
「じゃあ、セファラじゃないかもな……」
「姉御だよ。こういうとき、歯型を調べりゃ分かるらしいが、歯型なんて見なくても分かる。
ありゃあ、たしかにセファラの焼死体だぜ」
「お前……ッ! なんでそんなに冷静でいられるんだ!」
「おいおい、オレに当たんな。いま戦えんの、オレだけだぞ」
「……すまない」
「なあ、前のロティだったら、こんなときどうした?」
「怒り狂って、かたき討ちにいっただろうな」
リオとロティの邂逅はほんの数分であったが、性格は理解していた。
ロティの〈複製〉は「そっかあ」と天井を見つめる。
「オレさあ、ぶっちゃけそんなに思い入れないんだわ。雇われた分だけ、仕事してたみたいな。事務的な付き合いっつーか? 嫌いなわけじゃねえけどよ……」
「〈複製〉の性格は、必ずしも本人と一致しないわけか。すまん、失言だったな」
「いいぜ、別に気にしてねえし」
拾っておいた、とリオに血の付いたコートを手渡す。その拍子に、詰め込まれた紙切れがはらりと落ちた。
「これは……」
待ち合わせ場所と、時刻が記されている。、
来なければリオの大事な人をひとりずつ殺していく、とも。
川畠レンカ、川畠トモカ、渡部ルイ、有明つばさの名前が記されていた。
まるで果たし状、というより──ほとんど脅迫状であった。
「くそっ! あいつらは関係ないだろ! 恨みがあるなら、私だけにしろ!」
リオは包帯の巻かれた腕で、寝台をどんと叩く。
「私のせいで……無関係なセファラまで……」
「さすがによお、姉御は無関係とまではいかねえだろ、真っ先に狙うべき相手だぜ」
「ああ、住む家を失えば……」
「ちげえよ、オレが言ってんのは『種子』のことだ」
「それも、そうか……」
血中因子はひとりひとつが大原則だが、リオは心臓に植えられた種を中継し、
セファラの【フラワリングプラント】の能力を行使できた。
実際には、セファラが遠隔操作しているだけで、リオの体に二種類の能力が宿ったわけではないのだが。
「私はセファラに……守られていたんだ……。マリヤとの戦いも、サドグイとの戦いも、私だけの力じゃ、勝てなかった」
悲しくて、寂しくて、それがつらくて、リオは泣いた。
もうセファラはいない、泣いても優しくコートをかけてくれない。
意地悪されたのだと思って、振り払ってしまった。
「私は……何も知らなかった……!
あいつが死んでしまうまで、なあなあで付き合っていた……! 好きだと言われても、冷たくあしらっていた……!
セファラはこんな私を……本気で、愛してくれていたのに……!」
「リオ、さっき言いそびれたが、セファラから預かりもんがある。自分に万が一があったときは渡してくれって、頼まれてた」
「これは……ふふっ、まだ家族じゃ……ないっての……」
それを、『家内安全のお守り』を手に、リオは泣きながら笑った。
手触りがごつごつとしており、中に何か入っている。
慌てて袋をひっくり返すと、ひと粒の『種』と『折り畳まれた手紙』が、リオの手に落っこちてくる。
「セファラの『種子』だ……」
「置き土産ってやつかよお」
リオは紙に書かれた内容を読むと、種をじっと見つめ、ロティにこう尋ねる。
「なあロティ──この『種子』を、私の心臓に移植してくれ」
「オマエさん、正気かよお!」
ロティがリオに掴みかかる。
「いくら現実がつらいからって、オマエさんまでおかしくなっちまったらよお。死んじまった姉御が浮かばれねえってもんだろうが!」
「なんだかんだで、お前もセファラが好きなんだな。安心したよ」
手をそっと振り払いながら、リオは微笑む。
「大丈夫、私は正気だ。この『種子』を埋め込めば、セファラの力が一部でも戻ってくる可能性がある」
「【フラワリングプラント】は、別にオマエさんの能力じゃねえんだろ!」
「そうだな、だが……。少しでも希望が残っているのなら、私はそれに賭けたい」
「そもそもだなあ、オレに姉御みてえな手術の腕はねえ。種なんて埋め込んでも、オマエさんが余計に苦しむだけだってのが、わっかんねえかなあ!」
「手術の負荷は〈端末人間〉の肉体で強引に耐える。植えたところで何も起きないのは、覚悟の上だ」
「オマエさん、正気かもしれねえが、イカレてはいるぜ。あーあ、こいつが愛は盲目ってやつかねえ」
ロティは寝台で眠っているソラエを見やる。愛を知らないと、彼女に解いた少女の寝顔を。
「ったく、どうなっても知らねえぞ! オレは責任取らねえからなあ!」
リオは頷き、にかっと笑った。
折り畳まれた手紙には、こう書かれていた。
『ピンチになったら、わたくしの名前を呼んで──』
◆
──旧東京。
第N次世界大戦の爪痕で、常に空気中に微量の有害微生物が漂う。
一定期間は無害だが、長期間ここで生活を続けると内側から細胞を侵食され、死体はバラバラに分解される。
そのため、浮浪者さえ寄り付かない。正真正銘の魔都である。
人が寄り付かない場所には〈端末人間〉は紛れることはできない以上、〈学園〉の生徒でも滅多に立ち入らない。
同都市、旧道玄坂。10×と書かれたビル(一部が崩れている)が見下ろす巨大な横断歩道を、
「へえ~、結構栄えてたのね。でも、人の煩悩の数をビルに付けるなんて、とんでもない街だわ」
盛大な勘違いをしている彼女は、観光に来たわけではない。
リオと同じく旧東京に、別々の場所に呼び出されたのだ。
「よく逃げずにやってきたわね! 褒めてあげる!」
微生物の影響を受けない樹々に侵食された、雑居ビルの下で腕を組み、紫髪の少女は仁王立ちしていた。
「三十九号……いいえ、川畠サクヤだったわね」
「感動の再会のわりに、ずいぶんとよそよそしいじゃない!」
サクヤがレンカの間合いに一歩、踏み込む。
「あんた、なんであたしの命を狙ってるのよ?」
「そんなの、
「なんの復讐よ」
彼女が凄んでも、レンカは一歩も引かない。
「あたしはね、本当は雪山で死んだのよ」
「そう……でしょうね。いくらお姉ちゃんでも、勝てたなんて信じてないわ」
「クマって獲物を
「ええ……お姉ちゃん『は』苦しかったでしょうね……」
己が見殺しにした事実に、レンカは目を伏せる。
「あたしはアケビの手で地獄から蘇らされたの、あんたに復讐するために──ね!」
ドォオン、と派手な音がして、ビルが崩れた。
基盤が限界を迎えたわけではない。
巨大な蛇のカラクリがビルを突き破り、レンカに襲い掛かる──。
「
「ちっ、
「そんな玩具じゃあ! 『刃』が立たないわよ!」
カンッ、と虚しい音を立てて、刃は蛇の外装に弾かれた。
うねる胴体に
ぱんっと手を付いて起き上がり、受け身を取る。
警戒していた蛇の追撃はない。ビルの中に感じた別の気配に、そちらに短剣を向ける。
カラカラカラ……、機械仕掛けの歯車が回る音。
今度は人型の大きさの──別個体。
「
次にレンカを襲うのは、獰猛なバトルモンキーだ。
「【ダガー】にしといて、正解だったわね」
デスクを足場に跳ねまわる、猿のアクロバティックなカラテを、使い慣れたナイフで捌いていく。
ガシャァン、次に窓を割って飛び出したのは、全身が切り刻まれた哀れなカラクリの残骸であった。
「さすがは対人戦特化施設出身、川畠レンカ。個体『番号』、四十七号」
「あんたに褒められても、嬉しくないわよ」
蛇がとぐろを巻いて、サクヤの周りをガードしている。
レンカは「はあ」とため息を零し、つまらなそうに刀身に映る自分を眺めた。
「やる気を出しなさいよ!」
「だって、あんたと戦う理由がないもの」
「あたしは三十九号──あんたの因縁の相手なのよ!」
「──違うでしょ?」
ぞくっ、とサクヤの体の芯が凍えた。レンカのナイフの刀身が映しているのは、彼女自身だ。
「っ……違わないわ!」
「ふーん、あたしは妹は殺さない。けど、あとから言い出すほど恥をかくわよ」
レンカは冷たく言い放つ。
「ほら、糸で操ってるんでしょ。残りを早く出しなさいよ──たったの十二体っぽっちなんでしょ?」
「こ、後悔しやがれ──
無数の小さな鼠型カラクリが、ビルの壁面を駆け下りてくる。
カミソリの前歯を備えた、キラーマウスの一個旅団だ。
「たしかに絡繰操術は全部で十二巻、だけど──十二体とは限らない! 生きたまま
「『お姉ちゃん』をつけなさいよ、偽物ヤロウ!」
目にも止まらぬ【ダガー】の間合いに入った端から、三千を超える鼠がガラクタの山と化していく。
「なんでェ! 子の巻まで通じないのよォ!」
「バッカじゃないの! カラクリが多くても、操る指は十本なんだから、増やしたら動きが単調になるに決まってんじゃない」
「そ……そうだ、こいつは通用したわ! 大質量は苦手よね──巳の巻!」
サクヤの守りを解いて、蛇がレンカに突っ込んでくる。
「〈
ザンッ、と巨大な蛇が三枚におろされた。盛大に撒き散らした体液の中で、その
川畠トモカ──レンカの『双子の妹』が、両腕の手のひらの付け根から、刃渡り三十センチのブレードを伸ばしていた。
「かかったなァ! そいつは神経毒を持っているのよ! 解毒剤はあたしだけ──」
「ん、なんか言った?」
頭部に形成したネコミミがピクッと動き、ガラン、ガラン、と毒の付着した〈虚無爪〉が抜け落ちる。
必ず、一発打つごとにリロードする。その分、骨肉弾の
トモカは姉から教わった教訓を、忠実に順守していた。
「えらいわ、トモカ」
「えへへーっ、ありがとうお姉ちゃん」
「ま、まだカラクリは残って……」
「さて、あんたたち、ずいぶん好き勝手に暴れてくれたみたいね」
二人組になったレンカとトモカが背中を合わせ、共に握ったナイフの切っ先をサクヤに向ける。
【ご心配おかけしました読者の皆様、さあ、ご唱和ください】
「「────ここからは、反撃開始よ!」だよ!」
(第24話・了、つづく)
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