現代くノ一伝
三八式物書機
第1話 闇に蠢く者達
渋谷センター街
ギターケースを背負った女子高生が颯爽と歩く。
耳に掛けたイヤフォン。
栗毛っぽい髪。
背丈こそ、低くて、中学生にも思えるが、どこにでも居そうな女子高生。
彼女は人混みを軽快に躱し、とある雑居ビルの階段を軽々と昇る。
スナックやガールズバーが入るビルの通路を抜けると、一軒のスナックがある。
『スナック和香子』
そんな名前のスナックだったのだろう。今は廃業済みだ。
女子高生はブレザーの上着のポケットから鍵を取り出し、ドアを開いた。
中は営業していたままの状態。
電気はすでに止めてあるから、点かない。
ポケットからハンドライトを取り出し、店内を照らしながら、奥へと向かう。
そして、彼女は数少ない窓から外を見た。
「OK。予定通り、見渡せる。弥生、そっちはどう?」
彼女がそう呟くと、耳のイヤフォンに女の子の声が響き渡る。
『無問題。皐月と如月も位置に付いた。卯月はどう?』
『足は確保した。1045の黒のミニバン』
『そのまま待機。情報では約10分後に到着する。睦月は予定通りに』
睦月と呼ばれた女子高生はギターケースのチャックを開いた。
中からはギターでは無く、無骨な形の物が姿を現す。
ワルサーWA2000半自動狙撃銃。
かつて、ドイツがミュンヘンオリンピックの時に籠城された経験を基に速射性の高い狙撃銃を求めた結果、ワルサー社がトライアルに提出した狙撃銃。
高い射撃性能ではあったが、高額過ぎたのが災いしたのか、トライアルに落ち、販売自体も振るわず、姿を消した銘銃だ。
プルバック方式の為、全長が短いのも持ち運びに適した一丁であった。
睦月は銃を窓際に置くために窓の前に背もたれの無い椅子を置いた。
窓ガラスはガラス切りで穴を空け、銃口をそこに合わせる。
彼女が狙うのはそこから850メートル離れたとあるビルの正面入り口。
すでにガラの悪そうな男達が屯っている場所だ。
そこに一台の高級セダン車が到着する。
予定通りだった。車を囲むようにガラの悪い男達が立つ。
襲撃に備えての盾役だろう。狙撃も含めて、彼らが立つとやり難い。
だが、たいした問題じゃなかった。
老齢の男が降りて来た。
盾役の男達の間から彼を狙い撃つ。
初撃で男が倒れた。だが、それは確実に殺したとは言わない。
次々と連射する。弾倉の中の5発が全て放たれた。
盾役の男も二人、犠牲になった。そして、目標の男には背中に二発、頭に一発が撃ち込まれた。確実に死んだと思われる。
それは違う位置で観察をしていた弥生も確認した。
「はい。終わり」
睦月はその場に置いていたワルサーWA2000半自動狙撃銃を片付け始める。
銃口には大型サプレッサーが装着されており、撃ち出される300.ウィンチェスターマグナム弾の銃声でもかなり抑える事が出来る。その為、500メートル以上離れた場所には銃声は届かなかった。
耳に掛けたスマホのハンズフリー対応イヤフォンから音が流れる。
『睦月。こちら弥生。戦果を確認。撤収せよ』
「片付けは終わった。今からビルを出る」
『了解。ピックアップを回す』
「了解」
そう言うと、銃を入れたギターケースを背負う。
都内公立高校の制服を着ているが、そこの生徒ではない。
制服はあくまでも街の中で怪しまれない為のコスプレ。
彼女は高校生ですら無い。
そもそも戸籍も無い。
忍者。
自分達でそう呼ぶ事も無いが、一般的な呼称とすればそうだ。
普段の仕事は諜報、破壊工作、暗殺と多岐に渡る。
今日は暗殺を任せられた。
殺した相手が何者なのかは知らない。
殺せと命じられたら、殺すだけ。
考えるのは作戦の成否だけ。
雑居ビルの狭い階段を降りて、外に出る。
そこには同じ制服を着た二人の女子高生が立っていた。
金髪のギャルっぽい子と黒髪ストレートの真面目そうな子だ。
彼女達は笑顔で睦月を迎えて、そのまま歩き出す。
彼女達は人々の往来をスルリとすり抜ける。
そして大通りで待機していたミニバンタイプのタクシーに乗り込む。
タクシーの中には二人の女子高生が待っていた。
「お疲れ」
眼鏡を掛けた理知的な印象の少女は彼女達にそう告げた。
全員が乗り込むとタクシーの運転手は何も聞かずに車を出した。
忍者はこの世界に多く存在する。
その多くは一般市民になりすまし、生活をしている。
多くの者は任務を持たず、ただ、普通に生活をするだけ。
だが、任務を受け取れば、何をも優先して彼らは動く。
彼らは心の底まで忍者に支配されているからだ。
そのように彼らを調教するのが忍術の一つであった。
かつての忍者は構成員の殆どをゴロツキや孤児、口減らしに売られた子どもなどだった。その彼らを使いこなす為には金や待遇の問題だけでは無かった。
マインドコントロール
今にすれば、そういう言葉になる。
薬物と訓練によって、人の心を操る。
それを徹底させたのが江戸時代に御庭番として、幕府の裏で暗躍した伊賀忍衆であった。
彼らは討幕後は日本政府の諜報活動を支え、現代にまで至っていた。
公的機関においても諜報活動組織は幾つも存在するが、本当の意味で闇に生きるのは彼らだけだ。
特別清掃員
政府においては彼らをそう呼称していた。
歴代政府要人も知るのは極僅か。その恐ろしさ故に全ての者は彼らの存在を容認し、隠匿した。
警察は今回の殺人事件の捜査を始めた。
だが、不可解な事が起きた。
救急車の到着が大幅に遅れた。原因は消防庁の司令センターのシステム異常。
警察側に落ち度があり、現場周辺の規制や検問の設置が大幅に遅れた。
こちらも原因はシステム異常とされた。
そして、極め付けは現場で採取された証拠品や記録が紛失したのである。
捜査は結果的に暗礁に乗り上げ、犯人逮捕に至らないとされた。
だが、これも忍者の仕業である。忍者は公的機関にも潜り込んでおり、このように妨害して、犯人逮捕をさせない。
日本の警察組織は優秀である。本気でやれば、この手の狙撃事件でも犯人逮捕に行き着く可能性がある。だが、そうはさせない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます