素晴らしい新入社員!

崔 梨遙(再)

1話完結:1200字

 30代の前半、或る企業の新人研修で、僕が講師役をやることになった。まあ、新人研修なので、僕でもいいと思われたのだろう。企業の人事課長から、“崔さんが講師をやってくれ、ちょっと安くしてね!”と言われたという経緯がある。“安くしてね!”という言葉は気になったが、それなりの金額を払ってくれた。そしてご指名。僕はやる気満々だった。


 その企業では、実は前年の新人研修も僕が担当していた。なので、やりやすかった。ただ、ディベートのお題を前年と変えた。変えるように、上司から指示されていたからだ。前年は、5人の登場人物がいる物語の、5人の好感度順位を話し合うということをやった。だが、その年は、テストとして、様々な職種の10人の中から3人を選ぶというテーマで実施した。地球滅亡、脱出カプセルに乗れるのは3人、誰を選ぶ? といった感じだった。


 ところが、予想外のことが起こった。男女半々、8人の新人の内の女性Aさんが、いきなり泣き出したのだ。僕は表情には出さないようにしたが、内心、かなり焦った。なんで泣いているのか? とにかく事情を聞いてみた。


「Aさん、どうして泣いているんですか?」

「だって、3人は助かるけど、他の7人は死んじゃうんですよね?」

「まあ、地球が滅亡しますからね」

「そんな、人の命に関わるような人選、私には出来ません。だって、私が選ばなかった7人が死んでしまうんですから」


 ようやく泣いている理由がわかった。Aさんは、“生きる、死ぬ”ということに過敏なのだ。それが性格なのか? 育った環境によるものなのか? それはわからないけれど。とにかく、これでは続けられない。僕は迅速に対応した。僕はスグに、去年のテーマに使った5人の物語にテーマを変えて研修を進行した。こちらのテーマも念のため用意していて良かった。


 だが、良かった。Aさんが泣いたことで、他の7人の動きを見ることが出来た。男性陣は男らしく、そして女性陣はソフトに、みんなでAさんに寄り添い、Aさんを慰め、励ましていた。他人事のように席に座ったまま動かない者などいなかった。みんな優しく、仲閒想いだということがわかった。うん、いいメンバーが集まった。トラブルから、メンバーがどんな対応をするのか? それを見ることが出来たのは良かった。トラブルも、悪いことばかりではないようだ。僕はこのメンバーに好感を持つことが出来た。この8人は、夏はフォロー研修に全員揃って参加した。そして、1年間は誰も辞めなかった。課長には、事務的な報告の後、“このメンバーは、みんな仲閒想いですよ。仲閒に何かあれば、寄り添う人間ばかりです。誰かを独りぼっちにするようなことはないでしょう”という報告を追加した。



今でも忘れない、本当に素晴らしい8人だった。







  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

素晴らしい新入社員! 崔 梨遙(再) @sairiyousai

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る