貞操逆転世界育ちの俺は普通の世界でも無自覚にモテ始める

まちかぜ レオン

第1話 貞操逆転世界「から」転生した俺

女性の方が圧倒的に数が多く、より性に積極的。

 

 俺――板東ばんどう優馬ゆうまにとって、そんな世界が当たり前だった。だからそれを「貞操逆転世界」なんて言われてもピンとこない。


 高校のクラスは男子が二、三人しかおらず、そこに数十名の女子がケダモノのように群がるのが日常。生きるだけでも大変だったものだ。


 フツメンの俺でもそうだったのだから、イケメンの友人は本当に苦労がたえなかっただろう。


 俺も大変な目にあった。わけあってストーカー系メンヘラ女子の標的にされ、最終的には逆上されて刺された。


 一七歳でいったん人生が終わったはず。


 ……だというのになぜか、俺はまだ生きていた。


 男女比が同じで、貞操観念が逆。つまり、男子の方が性に積極的な世界に転生していた。


 転生初日の現段階で、わかったことがいくつかある。


 その一。周りの人間関係はわりとそのまま。俺の名前や家族構成は同じ。


 むろん、貞操が逆転した世界ということで、エンタメから社会構造までまるっと違っていた。「貞操逆転もの」というジャンルを好むものもいるようだが、当事者の気持ちを知らないから言えるんだと強く思う。こちとら大変だったんだ。


 その二。時間が過去に戻っていた。高校の入学式前日に飛ばされていた。


 高校生の途中からスタートじゃなくてよかった。出来上がった人間関係の中、なにも知らない状態でぶち込まれるのはハードルが高すぎる。


 もともといた世界では、男子が少ないばかりに積極的な女性ばかりだった。なかにはギラついた女子に嫌気がさして、護衛官をつけるやつもいたくらいだ。


 二度目の高校生活、異性とは程よい距離感を保ちたい。


 インターネットで調べたところ、ここの世界の女性は一般的におとなしめのようだ。本当にそうなら、なにか特別なことをしなくても、平穏無事に過ごせるはずだ。


 異性とのトラブルはもう懲り懲りだ。頼むから、なにも起こらないでくれよ……。



 * * *


 入学式初日。見知った道を歩き、前世と同じ高校へ。


 安全を考慮して車での送迎……なんてことはない。男女関係なく、歩いて高校を目指していた。


 昇降口には、クラス名簿が大々的に張り出されていた。


 元クラスメイトの男子(数名)は健在だった。しかし、女子の半数は知らない男子の名前に置き換わっていた。まったく知らない誰かだろう。だいぶ元いた世界とは歴史が変わりそうだ。


 高校以前から付き合いのある人はいなかった。よって、ひとり寂しく階段を上がっていたのだが。


 ひとりの女子が爆速で階段を降りてきた。踊り場で切り返し、ターンしようとしていた。


 が、失敗して階段を踏み外してしまった。


 まずい。このままだと落下する……!


 無視するわけにはいかなかった。女子との接触は避けておきたい。だからといって、危機に瀕した女の子を無視するほど冷酷でもない。


 落下予測地点に素早く入る。抱きしめて受け止めようと思ったが、さすがにそうもいかなかった。


 ドンッ。鈍い音が響く。


 俺がクッションがわりになることで難を逃れた。まあまあ痛い。


「いっててて……」


 押し倒される様なかたちになってしまった。近くにいた新入生がざわざわとし始めている。さすがに目立ってしまうか。


「大丈夫か」 

「なんとかね。あなたが受け止めてくれたから」


 明るく覇気のある声で、彼女はこたえた。


 この声は。


「無事に助けることができてよかったよ。たかさ……」

「……?」


 おそらく彼女は高崎たかさき陽鞠ひまりだ。かつてのクラスメイトだ。


 いつもニコニコしている姿がかわいい子だ。運動もスポーツもバリバリやるし、交友関係も広い。異性関係であまり拗らせていない、希少な女子。


 現段階で名前を知っているのは不自然。名前を言いかけたが、いったん口を閉ざした。


「た、高さが相当あったのに、無事みたいで何よりだと思って」

「君がしっかり受け止めてくれたからだよ。あのまま落ちてたら、もっと悲惨なことになっていた。助けてくれてありがとう」

「当たり前のことをしただけだよ」

「そう言わないでよ、命の恩人さん」


 高崎を助けたことで、「命の恩人」とまで呼ばれるのはなんだか照れ臭い。


「恩人さんってのもあれだよね。名前教えてくれない?」

「優馬。板東優馬。1Aクラスなんだ。よろしく」

「私は高崎陽鞠。同じ1Aクラス。よろしくね、優馬くん。一緒に教室いこ?」


 輝く太陽のように微笑んだ。久々にドキッとしてしまった。


 俺は高崎が落下しそうになるのを助けただけ。そのくらいでフラグが立つとも思えない。男女比が同等で貞操が逆の世界ともなれば、そんなに女子がチョロいわけではないのだ。

 

 しばらくは噂が立つかもしれないが、そこまで周りの興味が保つとは思えない。平穏無事な生活の実現はまだ問題なさそうだ。



 教室に入る。黒板には座席表が貼られていた。出席番号だ。


 クラスメイトは三六人。机は縦に六席、横に六席置いてある。


 俺の席は通路から数えて四行目の一番後ろ。ナイスポジション。男女混合で席が決まるのは新鮮だ。


「ねえねえ優馬くん、隣みたいだね」


 高崎が話しかけてきた。座席表を確認する。


「マジ?」


 右隣が高崎だった。


「こんな偶然ってあるんだね〜! これから仲良くしようね?」


 そんな風に言われてはいるが、きっとリップサービスに違いない。たまたまが重なっただけであり、フラグなんて立っていないはず。


 ……そうだよな?


 クラスに人が集まり出すと、男女で分かれてなんとなくグループが出来上がってくる。


 俺はなりゆきで、かつての盟友である根本ねもとひかる一条いちじょう大雅たいがと意気投合した。この世界でも関係性は変わらなそうだ。


 根本はお笑い路線、一条はイケメン路線で女子からの人気を集めていたタイプだ。


「なぁ坂東、昔から知り合いみたいな感じがするよなぁ。そんなわけないんだけどな」

「気のせいだよ、きっと」


 根本のデジャビュはあながち間違っていない。だけど、それを明かす理由もないので、軽く否定するだけにとどめた。


「なんにせよ、これからよろしく。優馬くんも光くんも」


 さらっと下の名前で呼ばれた。しれっと距離を詰めてくるタイプ。



 こうして話している途中、自然と高崎に目が向いている自分がいた。時折目があってしまうと、高崎は微笑みを見せた。






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