第10話 藤村達也の人生5
◇◇◇
「……ふぅ」
仕事が早く終わり、俺は時間有給を使っていつもより早めに帰宅していた。……友梨佳が死んで、既に十年が経過していた。あれ以来、学校だけでなく家にも居づらくなった俺は、高校卒業と共に就職して家を出た。仕事は拘束時間こそ短いものの、薄給なので生活水準は落とすしかなかった。まあ、幸いにも職場の近くで格安のアパートを借りられたし、趣味もなければ贅沢も好まないので、特に困ってはいないが。
「ねえ、そこのおじさん」
「……ん?」
すると、誰かに声を掛けられた。そちらのほうを見やれば、声の主は小さな少女―――背格好からして、恐らくは女子小学生だろう。空色のランドセルを背負っているので、性別はともかく小学生なのは間違いない。
「あたし、のどがカラカラなの。何か飲み物買ってくれない?」
そんな少女の姿に、いや雰囲気に、俺は懐かしい感情を覚えていた。それは―――怒りだった。それは別に、初対面なのに突然飲み物を奢れと言われたからではない。彼女の纏う雰囲気が、あいつに似ていたからだ。
「ねえ、お願い」
飲み物をねだる仕草は、明らかに慣れたものだった。恐らく、この少女は頻繁に、こうやって見ず知らずの人間から色んなものをねだっていたのだろう。そして、誰もがそれに応えたに違いない。だって彼女は―――
「うるせぇ、喉が渇いてるからそのまま死ね」
「……え?」
俺の言葉に、少女は目を点にして、呆気に取られていた。友梨佳と初めて話した時と、リアクションがあまりにもそっくりだった。……間違いない。性格も、その振舞いも、何もかも違うが、これはあいつだ。友梨佳と同じ、性質の持ち主だ。誰からも異常なまでに好かれる、特異体質。それを、この少女も持っている。
「じゃあな」
話は終わったとばかりに、俺は少女に背を向けた。……友梨佳は、自分の性質を疎んでいた。だが、こいつは違う。積極的に利用している。だからこれはあいつとは違う。そう自分に言い聞かせる。じゃないと、あいつがあまりに不憫だ。
「まって」
だが、少女は俺の手を掴んで止める。少しだけ振り返って睨みつけるも、少女は怯んだ様子はない。
「おじさん、何者……? 今まで、あたしのお願いが断られたことなんてないんだけど」
どうやら、この少女は訝しんでいるらしい。それだけ、自分の性質に絶対の自信があったのだろう。それだけ、その力を都合良く使ってきたのだろう。
「離せ。殺すぞ」
「……」
脅してみるも、少女は動じない。……今まで罵倒されたことなんてないだろうに、大した胆力だ。こればっかりは、脅迫だけでなく少しばかり本気の気持ちも込めていたのだが。
「……お前、歳はいくつだ?」
「とし……? 10才だよ、小四」
年齢を尋ねてみると、返ってきたのは10歳という答え。……あいつが死んで、もう十年だ。こいつが生まれたのも十年前。つまり、こいつは友梨佳の生まれ変わりの可能性がある。
俺が友梨佳の葬式で塩をぶちまけたのは、あいつを確実に成仏させるためだ。幽霊なんて信じていないが、万が一にもあいつの魂が現世に残り続けないために、俺なりに出来ることをしたのだ。自分の性質に苦しみ続けたあいつが、これ以上苦しまないようにするために。なのに……。
「分かった。なんか奢ってやるよ。だから手を離せ」
「ほんと? やったー!」
俺の言葉に喜ぶ少女には後でブラックのコーヒーを奢るとして。俺は確かめないといけない。この少女が、友梨佳の転生体なのか。転生体じゃないのなら、どうでもいい。同じ体質を持つだけの他人だろう。だが、もしこいつが友梨佳の生まれ変わりだったならば。
あいつをもう一度、この世の地獄から解放してやるのが、友梨佳の友―――みたいなものだった、俺の役目だろう。
完
学園一の美少女に毎日死ね死ね言い続けていたら、本当に死んだ件 マウンテンゴリラのマオ(MTGのマオ) @maomtg
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