第8話 藤村達也の人生3
◇
「達也ー、一緒に帰ろー」
「断る」
放課後。いつものように声を掛けてくる友梨佳に、俺は素気無く突っぱねた。
「まーまー、そう言わずに」
「ったく……」
だが、結局は一緒に帰ることを許してしまう。この七年、ずっと続いてきた光景だ。他愛もない話をしながら、通学路を一緒に歩いて帰る。今日も、そのはずだった。
「にしても、もう高二かぁ……私たちの付き合いも長いよね」
しかし、今日は何かが違った。友梨佳は何故か、唐突にそんなことを言い出したのだ。……思えば、これは予兆だったのかもしれない。彼女がそれを感じていたのか、それとも別の何かなのかまでは、分からないが。
「そうだな。お前みたいな脳みそイカレポンチに付き纏われてもう七年だな。そろそろ死んでくれ」
「色んなことがあったよね~。小学校の修学旅行で夜に二人で部屋を抜け出したり」
細やかに補足をしながらもお決まりの罵倒をするも、友梨佳はやはり気にせず話を続ける。だが、話題は何故か、昔の話だった。
「中学の時もそうだろうが」
友梨佳との付き合いは長い。小学校も中学校も同じで、クラスも同じだった。当然修学旅行も一緒だったし班も同じだったが、さすがに男女なので、宿泊する部屋は別だった。けれども、友梨佳はいつもの強引さで、教師の目を盗んで俺と一緒に部屋を抜け出して夜でも一緒の時間を作った。それは中学の修学旅行でも、何なら自然教室のときも同じだった。
「一緒にテスト勉強とか、受験勉強もしたよね」
「お前が勉強出来なさ過ぎて俺に泣きついてきただけだろ。お陰で自分の勉強が捗らなくて迷惑だった」
友梨佳との付き合いは学校外でも当然のように続いた。休日はよく俺の家に押し掛けては、ゲームに付き合わせたり、勉強を教えろとせがんできたり、振り回されることも多かった。友梨佳はお世辞にもあまり頭が良くないようで、テスト期間や受験シーズンはしょっちゅう俺の部屋で参考書片手に唸っていた。見かねた俺が勉強を教えて、テストや受験を乗り越えてきたのだった。
「毎年バレンタインにチョコ上げたら、嫌そうにしながらもちゃんと食べてたし、ホワイトデーのお返しもちゃんとくれたよね」
「食べ物を粗末にしないのも、礼儀作法も、人として当然だろう。いくらお前がゴミカス女で、チョコも海苔の佃煮入りだったりのゲテモノだったとしても」
毎年のバレンタインデーでは、友梨佳は俺にだけチョコをくれた。普通なら嬉しいイベントなのかもしれないが、友梨佳に限っては(彼女への好意云々は別にしても)地獄のようなイベントだった。彼女は料理もあまり得意ではなく、にもかかわらず毎回凝ったチョコを作ろうとして、とんでもないゲテモノを生み出すのだった。海苔の佃煮チョコはまだいいほうで、ブルーチーズが食べれるのだからとカビの生えた食パンを使ったチョコを食わされたときは、腹を壊して大変だった。それでも、食べ物に罪はないので可能な限り完食するようにはしていた。貰っておいてお返しもなしというのもさすがにあれだったので、ホワイトデーには適当なクッキーを買って返礼品として渡していた。
「きゃあぁぁぁーーー!!!」
そんな話をしていたら、突然悲鳴が聞こえてきた。しかも、複数名の声で、何度も。
「何だ……?」
騒ぎのした左手の角に目を向けると、そこから何人もの人たちが慌てた様子で走り出してきた。どう見ても尋常な状況ではないな。
「とりあえず引き返すぞ」
「う、うん……」
とにかく異常事態であることは察した俺は、友梨佳にそう促して、来た道を引き返そうと振り返った。そしてそのまま歩き出そうとして―――
「―――っ!」
何かが倒れる音に、もう一度振り返った。そして、一瞬だけ頭の中が真っ白になる。
「友梨佳……!?」
そこには、倒れた友梨佳がいた。彼女の背中には、何か突起物のような物が生えていた。それがナイフの柄であると気づいたときには、俺はようやく状況を把握した。……彼女は、背後から何者かに刺されたのだ。
「たつ、や……」
「友梨佳……!」
こちらに手を伸ばしてくる友梨佳に、俺は思わず彼女の手を取った。……そういえば、友梨佳とは付き合いの割りにスキンシップを取ったことは殆どなかった。こうして手を握ることでさえも。昔、彼女が抱き着いてきたときに本気で嫌がって以来、友梨佳のほうもスキンシップは避けるようにしてくれたからだろう。
「たつ、や……。わた、し……」
友梨佳が、必死に何かを伝えようとしてくる。……視界の端に、犯人と思しき男や、それを取り押さえる大人の姿が映るが、今は気にしている場合ではなかった。
「……分かってる」
友梨佳が何を望んでいるのか。俺に医学の知識はないが、多分彼女はもう助からないのだろう。それが直感的に分かったし、恐らく彼女もそれを理解している。だからこそ、俺はこう言うべきなのだとも。
「さっさと死ね、友梨佳」
今にも死にそうな人間に送るには、あまりにも酷い言葉。でもそれは、俺と友梨佳の関係を表すのに、必須の言葉だった。死に際の相手に「死ね」なんて言う奴は友達じゃない。好意なんてあるわけがない。そう示さなければ、友梨佳は安心できないだろうから。この危うい関係に、俺と同じ疑念を、彼女も抱いていただろうから。
「たつ……、や……」
友梨佳の声が小さくなり、握る手に込められた力もなくなっていく。……そういえば、彼女の名前をちゃんと呼んだのは、これが初めてかもしれないと、俺は場違いにもそう思った。
桃園友梨佳は、この日、通り魔に刺されてこの世を去った。
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