第37話 王太子妃のサロン

それから一カ月の間に、サロンの参加者は8人まで増えた。

参加者の精査はヒルデガルトがしっかりと行っているはずだが、それでもこの増えようだった。しかもサロンに参加したいと思っている女性はまだまだいるらしい。

ヒルデガルトには春宮とうぐうに来る女性たちには、折を見て国の制度や政治についての講義を受けて欲しいことを伝えた。アレクが共和制を目指しているということや彼女たちにも国務や国政に携わってほしいということは、まだ言わないことにした。父親と反目し合っているとはいえ、ヒルデガルトはベルンシュトルフ家の人間だし、サロンに参加している女性たちの考えもまだわからない。その辺りはもう少し様子を見ようということになった。

王太子妃のサロンは、表向きは音楽や芸術を鑑賞し、その後にお茶とおしゃべりを楽しむ会となっていた。参加者には、国制について学ぶことが必須だと説明していたが、それでもひきもきらない人気だった。

参加者で最も年嵩は、エッケハルディン子爵夫人。四十がらみの色の白いふくよかな女性でマルティナの母方の叔母だ。

一番の年少は、上級学校を出たばかりのマンスフェルト公爵家の令嬢マルガレーテだ。初々しく可愛らしい彼女は社交界の華と目されている。

前半は各々好きなことをやって、後半は皆で集まってお茶を飲みながら話をする。

セシリアは前半は各所を見回って、オリガに捕まり弓を引かされたり、マルガレーテとその友人と一緒に馬に乗ったりした。

乗馬の指導は、外部から人を呼ぶのも憚られたので馬丁頭と馬丁たちに頼んだ。セシリアは毎朝一緒に馬の世話をして信頼しているが、貴族の令嬢たちはどう思うだろうか。セシリアは心配していたが、鷹揚なマルガレーテとその友人は嫌がらずに楽しんでいるようだった。

お茶会も女性が8人も集まれば、かなり賑やかなものだ。

実質はヒルデガルトが取り仕切っているようなものなので、セシリアはただ、にこにこと笑っていればよかった。

セシリアは笑って聞きながらも、それぞれに色々な事情があるのだなと思った。

他人の事情を聞いたところで自分の問題が解決するわけではないのだが、それでも皆それぞれ悩みを抱えていると知ることができたのは心強くあった。

「ごきげんよう、王太子妃殿下」「またお会いしましょう、妃殿下」少しかしこまって、さんざめいて帰っていく。

最後にヒルデガルトが残った。ヒルデガルトは伝えなければいけないことがあったり、セシリアと今後のことを話し合ったりだいたい最後まで残っている。

「来週ですけれど新しいかたがふたりいらっしゃるわ」

「あら、そうなんですね。なにか用意しておくことはあるかしら」

「いいえ、結構よ。ただ、セシリアが『ルシア様にダンスを教えていただいた』と言ったでしょう」

「すみません。つい」お茶会の中でダンスの講師の話題になり、セシリアがつい漏らしてしまったのだった。

「セシリアの立場ならそういうこともあるでしょう。皆もできることなら王妃殿下にダンスを教えていただきたい、と思っているわ。恐れ多くで言い出せないけれど」

「ルシア様は気さくなかたなので、頼めば来ていただけそうですけれど」

「仮に来ていただけたとしても、皆緊張して動けるかどうかわからないわ。セシリアはなんというかこう、物怖じしないところがあるわよね」

「私だって恐れ多いと思いましたけれど、その、断れる状況にもなかったもので」

「ダンスは教わらないにしても、一度お招きしてお話を聞いてみる機会があれば皆喜ぶと思うわ」

「では連絡してみます。たぶんいらっしゃると思いますよ」

「これから講義のようなこともするのだから、その前に皆で王妃殿下から心構えやお話を聞くというのもいい機会だと思うわ。セシリアには面倒をかけて申し訳ないけれどよろしく頼むわね」

「いえ、私はなにも。こちらこそヒルダに全部お任せしてしまって」

「私にとって貴重な場なのだから、当然だわ。そもそもこのサロンは王太子妃がいないと成り立たないのだからもっと堂々としていればいいのに」ヒルデガルトは手に持っていた扇子をぴしゃりと閉じて続けた。

「そういえばもうそろそろ婚約期間が終わるけれど、このサロンは続けられるのよね」

「え、あ、はい。私はそのつもりです」婚約期間の終了のことなどすっかり忘れていたセシリアが慌てて答える。

「だったらいいわ。これからもよろしくね」相変わらずヒルデガルトは言いたいことだけ言うと帰っていった。

アレクとの夕食のときも、セシリアは上の空だった。

婚約期間が終わりに近づきつつあることはもちろん知っていたのだが、なんとなくこのままの状態が続けばいいと思っていたせいか、目を背けていた。

少し前から王太子妃の話は受けようと思っていたが、何かが――特にアレクとの関係が変わってしまうのが怖かった。

「今日のサロンでなにかあったか。随分とぼんやりしているようだが」食の進みが遅いセシリアを見かねてアレクが声を掛ける。

「いえ、特になにも」セシリアはすこしためらって続ける。「ヒルダから婚約期間が終わってもサロンが続けられるのかと聞かれました」

「セシリアが望むなら続けてもらってかまわない。サロンのことは王宮でも話題になりつつある」

「そうなのですか」

「王太子妃に選ばれなかったベルンシュトルフ家のヒルデガルトが参加していることで様々な憶測が飛び交っている。あとは単純に男たちの下衆な噂話だ。社交界で注目を集める妙齢の令嬢たちが参加しているからな」

「はあ」

「セシリアのことも噂になっている。社交界に出ていなかったお前のことを知っている人間はほとんどいないからな。どのような女性なのだろうといった話だ」

「……」

「言いたいやつには言わせておけばいい。今後のことについてはまた後で話をしよう」アレクはそう言うと、肉料理の最後の一切れを口に入れた。

成り行きでここまで来て、流されるまま過ごしてきたけれど自分が思っていたよりも大変なことになっているのかもしれない。セシリアは残っていた肉料理にナイフを入れながらそう思った。

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