第4話

 空が茜色に差している。半袖では少し心許ないと感じ、私はパーカーを羽織った。


 気づけば、私達の夜の散歩は、日々の日課となっていた。


「涼しくなってきたね」


「うん」


 歩みを揃えながら、いつもの道を行く。赤蜻蛉が、もう沈みかけの夕日に照らされ、飛んでいる。


「そういえば、詩ちゃん」


 心なしか、いつもよりしゃんと歩く彼は、不意に立ち止まった。


「どうしたの」


 と、私。


「おれ、詩ちゃんに迷惑ばっかりかけて、ごめんね」


 何を急に。


「詩ちゃんが精一杯頑張っていることに気づいたから、言わなきゃって思って」


 彼の顔を、夕日と月が同時に照らした。


「だから、塞ぎ込んでちゃ駄目だって、思った。不安にさせてごめんね」


 その彼の顔は、寂しそうな笑顔でも、困ったはにかみ顔でもなかった。


「詩ちゃんが頑張ってくれたから、おれも頑張るよ」


 彼は手を伸ばした。さらに、私に近づく。私の手をぎゅっと握り。それは、頼もしいくらい大きくて温かく、心地よいものだった。


「だから、こんなおれだけど、これからもよろしくね」


 久々に見た、彼の満面の笑み。


 嬉しかった。


 私も精一杯、彼の手を握り返した。


「こちらこそ、喜んで」

 


「今日もいっぱい歩いたね」


 彼は、すっきりした笑顔で言う。


 その目の前を、白い野良猫が、軽やかな足取りで行く。


「ニャア」


 そう一声だけ鳴いて、藪の中へ消えた。


「詩ちゃん!猫だよ、しかも鳴いてくれた。かわいいね」


 子供のように、彼ははしゃぐ。私はそれが懐かしく、嬉しく、つい笑うのであった。

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くゆる日の話 夢崎 醒 @sameru_yume

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