第24話 怪獣

 雨の匂いがする。


 アスファルトと土に叩きつけた匂い。雲から放たれた雨が人間界に混ざって発生する独特の匂い。堂島はこの匂いがいつからか嫌いだった。ベールに包まれてたものを剥がしてしまうような感じがして。どこからか雷を連れてきそうで。


 カーテンへ手を伸ばし開くも、そこには雲と空が半分ずつの、冴えない天気だった。

 天気予報では晴れでも雨でもない、曇りという出来損ないを予報している。


 末広がりの空から目を逸らし、自分の机へと視線を落とす。


 彼から貰った緑の怪獣キーホルダー。最近まではUSBにつけていたが今は取り外していた。

 それをそっと手に取る。


 彼とたまたま会った映画館。お互い一人ずつで来ていたので、隣同士の席を指定し鑑賞した。


 堂島は特撮映画が大好物で見に行ったのだが、英明は姉にパンフレットを買うように頼まれて仕方なく来たらしかった。


 続編ものなのでツマラナイだろうと横目で英明を見たが、口を開け、目を輝かせていた。

 ポップコーンを買ったのに、全然手をつけなかったほどだ。


 終わった後、パンフレットを買い、真剣に設定集を凝視していたので説明してあげようかと、訊くと『えっ? いいんですか!』と寄ってきた。堂島が頷くと、彼はそのお礼に、キーホルダーを二人分買った。堂島と英明の分だ。


 彼は金色のマイナーな怪獣をチョイスしていた。蝶々のフォルムで弱そうだが、毒鱗粉を撒き散らす厄介な怪獣。もっとも、撒き散らしすぎると自滅するという設定が悲しい。


 そのあと、近くのファミレスで二時間ほど語り合った。

 全作品をDVDでレンタルしたと、後にメッセージを受けたほどにハマったらしい。


 ポケットへ仕舞いながら、堂島は再度決心する。

 __彼を忘れようとする皆が許せない。




 通学に使う電車から駅のホームへ降り立つ。普段よりも一本遅い便で来たためか人があまり少ないこともあり、座って単語帳を読めた。堂島の志望校である私立大は英語の配点がかなりデカいので、重要なのだ。


 もっとも、今日は頭が別の方にいっており、集中はいつもより出来ていない。


 改札を抜け、徒歩十分の通学路を歩行者に気をつけながら手元の単語帳に目を落とす。最近受けた模試ではあまり芳しくない成績だった。担任や塾の先生からも今のままではワンランク落とした志望校を受けたほうが安心だと言われたほど。まだ時間があるのにそう伝えるのは、今の成績が続けば危ういと気づかせるためなのはわかっている。


 だとしても、今の堂島は今から一歩を踏み出せない。


 例えるとすれば、目を覚ました際に、死後の世界に来てしまったような感じだ。

 受け入れたくない。前の世界でまだ生きていたかった。彼と一緒に屋上で語り合い、夏の風を浴びていたかった。お日様の光を目一杯感じて、彼の勇姿を近くで眺めていたかった。


 でも、今の世界にはいないのだ。

 __前世を恋しく思って何が悪い。


 文庫本の小説二冊分ほどの厚さの単語帳をパタンと閉じる。手持ちのカバンの傍へといつも通り入れた。そして、ネクタイを取り出しテキトーに襟の下へと結ぶ。先生にノーネクタイが見つかれば余計な時間がかかるからだ。


 息苦しさを感じ、校門へ近づくと、聞いたことのある声が響く。

 似たようなことが前にもあったが、あの時よりも、複数人の声が彼の声を包む。


「明智英明です! みんなおはよう!」


 それに続き、生徒会の面々が挨拶を被せる。


 生徒会長をはじめとした五人と、立て看板の横に明智英明がいた。明智英明の似顔絵がこれでもかと強調されている。これは印象に残るだろう。絵のタッチが見事で、惹きつけられる。多くの生徒も足を止め、写真を取る者もいるのが納得できるほどだ。


 おそらく、それを描いたであろう小さい黒沼莉乃がてへへと恥ずかしそうに髪を撫でている。


「少しカッコよく描き過ぎじゃね?」

「おいっ、誰だ! 今呟いたのっ! 今は、寝不足だからだ! 普段はこれぐらいカッコいいから!」と、自分で自分の容姿を褒める英明に周りの生徒が乾いた笑いを漏らす。生徒会長の鳴海に関しては『あなたねぇ』と頭を抱えていた。


 そこを素知らぬふりをして通り過ぎ__ようとした。


 大きい足音は、堂島に近寄ってくる。


「おはようございます。堂島せんぱい」

 振り返るとあの頃の彼よりも柔らかくなった顔がそこにあった。


 返す言葉などない。


 そのことはこの男が一番理解しているだろう。顔を正面へ戻し、そのまま歩きだした。


「オレ、絶対良い学校作ります!」

 __やめろ、その声で話すな。


「だからっ__」


 次第に堂島の足は逃げるような駆け足になっていった。


 __なぜ、自分が逃げているのだろう。

 __自分はあいつに面と向かって宣言してやったのに。

 __なぜ、自分の心が収まらないのだろう。

 __どうすれば収まってくれるのだろう。

 



 この日、何をするにしても堂島は上の空だった。授業も身になってなかったし、授業中に先生から注意されてしまったぐらいだ。


 今日行う最後の賭けを想像しすぎていたからだろう。


 刻々と過ぎていく時間の流れは、七限目の生徒総会へと向かっていく。


 今日の朝も昼も毎度のことながら、英明と徳橋エマが生徒会の広報として放送をしていた。クラスメイト達がその放送に耳を傾けながら昼食を取る光景も見慣れつつある。そのせいもあってだろう明智英明の噂は翳りをみせ、今では明智英明の有能っぷりに焦点があてられている。


 生徒会室で対面して無理だと断言した堂島の予想を裏切る結果となった。

 おそらく、このまま投票に向かえば圧倒的大差で生徒会役員の就任が約束されたものだ。


 これを裏返すためには、強烈な一手が必要だ。


 自分の右手で掴んだ緑色の怪獣を見る。


『その怪獣……どことなく先輩に似てますね』

『どこがだよ』

 あれだけ恐怖を人々に与えていた怪獣がキーホルダーになれば、可愛らしくデフォルメされ、ほんのり微笑んでいるようである。


 生徒総会が行われる体育館へ向かうと担任が教卓で伝え、全員が廊下に出る。名前順に整列し、体育館へ進む。隣の友人が話しかけてくれたが、今はそれどころじゃないので、軽く無視をした。


 __もう後戻りできない。




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