第4話 となり
生徒会室へ六人全員が席につく。英明が病室で目覚めた時にいた面々だ。その視線が英明へと集まるので、ぽりぽりと頬を掻いた。
「あの〜、なんだ。……まぁ、さっきの件は悪かったと思ってる」
「いえ、着地点としては良かったんじゃない?」
生徒会長の発言に他の女子達は同意しなかったが、睦月は首を縦に振る。
「あぁ。陸上部の部費を上げてくれと言われてたからな。どこかでこちら側が強気な態度を示す必要はあった」会計担当の睦月らしい指摘である。
そこで徳橋が何かを思い出したように『あっ』と身を乗り出す。シャツ越しでも分かるたわわの胸に英明は『しゅっ、しゅごい』と幼児みたいな感想を抱いた。
「ヒデアキくん、今の生徒会運営を知らないよね?」睦月達との会話では生徒会の運営についてあまり語られていなかった。
「教えてもらえると、助かる」
「そうね」鳴海生徒会長は顎に右手を添え、思案してから言葉を続けた。
「三月の生徒会長選挙で就任した鳴海詩織。去年度までは文芸部に所属していたわ。だから、生徒会にも結構な時間入れる」文芸部を辞めて生徒会長になった。それ程までに生徒会長は忙しいのだろう。英明はじーっと彼女の顔をみつめる。可愛い。
鳴海は顎のラインに沿う髪の毛をやんわりと触りだした。次第に桃のように紅潮していく。
「あぁ〜〜、ヒデアキくんダメだよ。なるみん、こう見えて恥ずかしがり屋で緊張しいだから」
「えっ?」意外である。
「余計なことは言わなくていいのっ!」顔周りの髪の毛でうっすらと顔を隠し、俯く。英明は、その単純な仕草に『かわいい』と頬を緩ませた。
「じゃあ、この流れで。こほん、書記を担当します、達筆の徳橋エマです」彼女はそう言い終えると、鞄をなにやらゴソゴソ探り、顔を上げる。
「じゃじゃ〜ん。カメラです。写真部がウチに無いから部活には入ってないけど、時々、生徒会を休んで、写真撮りに行くこともあるからそこはご勘弁を」かなり年季の入った一眼カメラを英明へ向けてくるので、ピースサインを揚々と作った。
「おお〜そして、変顔ぉ」とエマが無茶振りをするも英明が顔を盛大に崩したのでそれを写真へと収めた。その変顔がだらしなすぎて睦月はハリセンボンみたいに顔を膨らませて笑う。
__バン。
今まで沈黙していた黒沼が我慢出来ないと言わんばかりに机に両手を突き、立ち上がった。
一瞬、怖気った英明であったが、顔をあげた黒沼が向かうのは二つ隣だった徳橋のカメラだ。
「見せて、エマちゃん」硬い口調だった。
「あっ、うん。……ぬ、沼ちゃんちっ、近い」徳橋の顔を顔で押し付けるようにして撮った写真を食い入るように見始めた。
徳橋は近くに来た黒沼の柔らかそうな肌に目が釘付けだった。すっと黒沼が顔を上げると、『後で、その写真ちょうだい』と呟き、元の席へ戻っていく。
__なんだろう、そんなにも面白い写真だったのだろうか。
「あっ、わたしか」本来であれば、座った順番的にショートカットの千羽が紹介する番だが、注目を浴びたのでそう思ったのだろう。小柄な黒沼は若干、いや、そこそこ周りが見えなくなる少女だった。
「睦月君と同じく会計の
「さっきの写真も絵にするのか?」
何気なく質問した問いにさっきまでの硬かった表情から一気に輝きへと変わる。ぱっと花を咲かせたみたいだった。
「えっ、いいの?」
「なんだったら、オレの肉体美のデッサンをお願いしたい」
「うへへっ」歪みきった顔は、とろんとしており、愛らしい。
だが、黒沼の舐めるような目線に英明は少し身震いした。
「やめときなやめときな」隣で腕を組んでた
「筋肉魔だから莉乃は」
「筋肉魔……?」紗凪ちゃん、と黒沼が左袖を掴むのを千羽が柔らかく微笑むと、自己紹介を始めた。
「生徒会副会長の千羽紗凪。特に部活は入ってない」
一通り自己紹介が終わる。
「さて、時間も時間だから議題に移りましょうか」全員が鳴海へ視線を戻す。
「生徒総会について」
生徒会メンバーの女子達は寄るところがあるらしく、男二人で英明の家へと帰っていた。どうやら睦月の帰る方向は違うのだが、今日は一緒に帰りたいとのこと。
水平線の下へと太陽が隠れようとしている。辺りの雰囲気も夜の準備のような温かな色味の光で溢れていた。
土手を歩くのは清々しい。そんな下校道は登校時よりも静かで情調めいていた。隣にいるのが女子であれば、ばっちしだったな、と英明は人知れず思う。
「オレってさ、部活やりながら生徒会長になったのか?」
河川敷で一人黙々と走り込む少年を英明は見下ろしていた。その視線を追って気づいたのだろう、睦月は応える。
「あぁ。クラスメイトからは最初無理だろって笑われてたさ。一年生後期の立候補だったから」思い出したようにフッと軽やかに笑う。目元は懐かしそうだった。
「アイツそしたらさ、逆にスイッチ入っちゃって」まるで転校した友人の話を聞かせるように続ける。「『ショートスリーパーになる』なんて阿保みたいなこと言ってるのに、目は真剣で。次の日からは、誰よりも早くに陸上の練習をして、みんなが来る頃には名前の書かかれた襷を掛けて挨拶してた。
放課後も校門で『さようなら』って挨拶することを忘れなかった。その後も陸上の練習をして……ホント見てるこっちがヒヤヒヤしたさ」彼の目の前に桜の花弁が舞う。それをそっと掌に握りしめた。
「二ヶ月、その生活を続けていたけど、アイツはぶっ倒れなかった。やり切ったんだ。その逞しさというか、脳筋すぎるやり方というか、まぁそんなところに惹かれてだろうな、色んな人がアイツに力を貸した。んで、見事生徒会長になった」花びらを宙へと投げ捨て、スタスタとそのまま歩く。誰かを祝福するようだった。
「それからもアイツはその生活を続けた。勉強も部活も、友達も__」そこで睦月は立ち止まる。なんだ? と英明は首を捻るも、睦月は再び歩き出した。
「アイツは全力で青春という青春を謳歌した。アイツ以上に、汗臭い奴は会ったことがなかったさ」睦月の軽快な明智英明との情景は目に浮かぶようだった。
「まぁ、昔の話はいいだろ。医者も無理して思い出すと、逆効果だって言ってたし」
「そういえば、そんなこと言ってたっけか」
前の真面目な英明と自分が違いすぎて、どういう風に振る舞えばいいか悩んでいたが、睦月はそのままで良いって言ってくれた。それが、英明にとっては救われた気分だった。
「そうだな。……それと今更ながら、思ったんだが」
「ん?」
睦月はキョトンとした顔で首を傾げる。
「生徒会女子のレベル、高くね?」
一瞬ぽかんとするも、睦月はクスクスと腹を抱えて笑い、なにも言葉を返さずに歩き出した。
英明はその隣へ駆け寄る。
初めて一緒に帰った筈なのに、睦月の隣は安心感があった。
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