㊱これからも
専門家と連絡が取れたらまた呼んでね〜と言い残してちかりさんは桜塚市を去っていった。
それから一ヶ月が経って、西暦も変わったけれど、まだ専門家の人は見つけられていない。
インターネットの掲示板に書き込んでみたり、こちらから色々と探してみたりもしたけれど、当たり前というかなんというか、そう簡単には見つからなかった。
伊原も色々と動いてくれているけれど、十二月の半ばからは年明けの学校行事に向けて生徒会の活動が忙しくなっていったので、どうしても後手後手に回ってしまったところはある。
確かに僕の体質は命に関わる可能性を秘めているけれど――結局のところ、僕たちは高校生なのだ。楽しいイベントごとや責任感から逃れることは難しい。
それにこの一ヶ月間、僕はまだ何にも巻き込まれていなかった。それこそ、もう体質が改善したんじゃないかと思う程度には。
「もうこんな時間か」
生徒会長が時計を見て呟いた。僕たちも手を止める。
「みんな作業は無事進捗生んでる?」
「会長、『進捗生んでる?』っていうの創作のオタクだけですよ」
伊原が呆れた声で指摘をした。僕はあんまりピンとこない例えだったし、創作のオタクというのがなにものかイメージができなかったので片耳で聞きながら作業を畳み始めた。
「げっ」
「攻めの反対は?」
「う……守り」
「オメガの反対は?」
「伊原ちゃん、それはあなたも掘ってると思うんだけれども」
「掘ってるって会長……」
「墓穴だよ!」
僕と副会長はそれを無視して作業の報告をしあった。
「っし、じゃあ今日はおしまいっ! また明日ね」
生徒会長の号令で解散となって、僕たちは帰路についた。
デイズのせいで通行止めになっていた道はいつの間にか通れるようになっていて、最初の方こそ生徒たちも気味悪がっていたけれど、今ではいつも通りの通学路に戻っている。
僕ももちろん行きは利用している。というか、僕はもうデイズが死んだことを知っているので、恐怖や気持ち悪さを覚えることもなかった。
でも、利用するのは行きだけだ。なぜなら帰り道は伊原のことを家まで送り届けるからである。
あれから僕たちは交際をはじめて、滞りなく一ヶ月記念パーティーも終わらせた。
伊原華乃は聡明で物事をどんどん解決させていくタイプなので勘違いを生みやすいけれど、実は記念日とか呼び方とかそういう余白の部分をすごく重要視するみたいだった。
「いや、あたしが送り届けられてるんじゃなくて、メグの身になにか起きないか見張って――」
「わかってるわかってる」
「いーやわかってないね!」
その時、スマートフォンが振動した。
SNSや電話ではない、普段ほとんど通知の来ないメールアプリの震え方だったので、僕は伊原に断りをいれてからスマホを取り出す。
『件名:怪奇現象を引き寄せる体質につきまして』
僕と伊原は目を合わせて――本文を覗き込んだ。そこには僕の力になれるかもしれないということと、信頼できなければ電話やビデオ通話でやり取りさせて欲しいといったことが書かれていた。
「……あやしいかな?」
「怪しくても縋るしかないよ。それに、あたしっていう第三者もついてるんだから、オンラインでのやり取りだったら騙されることはない」
「それもそうかもね」
この人が僕たちの求めている専門家だったら、この体質にも何らかの決着が訪れるかもしれない。
そうなれば、今までのような怖い想像をしなくて済むようになるし――もっと楽に生きられる。
デイズからはじまって、かなでちゃんまで辿り着いた僕の事件はようやく幕を下ろすかもしれない。
「とりあえずよかったじゃん。返信しようよ」
電話をする日程を提案して、僕はいつもの会話に戻った。
今日あったことや、生徒会の行事について。僕たちの日常は話題に事欠かない。
雑談に花を咲かせながら、伊原の家に向かうまでの最後の信号に引っかかった。
人通りも車通りも少ない、信号無視をしてもいいくらいのささやかな道ではあったのだけれど、ルールはルールなのできちんと立ち止まる。
「本音は?」
「できるだけ長く華乃と一緒にいたい。言わせんな」
「……言うんだ」
時々はカウンターを食らわせようと思って勇気を出して歯の浮くようなセリフを言ってみたら、思ったよりも効いたみたいだった。
珍しく頬まで真っ赤に染まっていた。
「…………」
「…………」
せっかくの帰り道なのに長い沈黙が僕たちを支配する。
「…………」
「…………」
変に間があいてしまったものだから、口を開くタイミングや話題を見失ってしまう。
「…………」
「…………」
さっきまで何の話をしていたんだっけという思考が何度も頭を過って。
「…………」
「…………」
違和感。
「…………」
「…………」
違和感。
「…………」
「…………」
違和感!
「華乃――」
「うん!」
信号が、長過ぎる。
慌ててあたりを見渡した。人通りも車通りももともと少ない道だったので信号を待っている間は全く違和感を覚えていなかったけれど、それにしたって人っ子一人見当たらないのは不自然すぎる。
「この道ってここまで人いなかったっけ?」
「そんなはずはないというか――」
伊原は恐る恐る言葉を発した。
「――静かすぎない?」
耳を澄ます。
車の音はもちろん、風の音や鳥の声すら聞こえてこなかった。
僕たちは顔を見合わせて――大通りへと走った。
そこで僕たちは、信じられないものを目にする。
「みんな……止まってる」
全てが静止していた。
人も、車も、雲も、信号機も。
動いているのは僕たち二人だけで、聞こえるのはお互いの吐息だけ。
「時間が、止まってる」
僕たちは一ヶ月ぶりに、理解のできないものに巻き込まれた。
「大丈夫だよ、メグ」
伊原が髪の毛を耳にかける。
「さっさと解決しちゃいましょ」
どうやら僕は、まだもう少し自分の体質と付き合わなければならないみたいだった。
頭の中に、様々な映像がフラッシュバックする。眼球を失った伊原。遊びをせがんでくる少女。赤黒い二足歩行のバケモノ。ボロボロのまま動く死体。
そのすべての映像を振り払って、僕は彼女の手を強く握った。
「無事帰れたら、キスね」
「それ死亡フラグじゃない?」
どんな理解のできないものにもルールがある。
大きく息を吐いて、僕たちは、理解のできないものの――
■ネバー・ハプンド 完
ネバー・ハプンド 姫路 りしゅう @uselesstimegs
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