㉔全力疾走
デイズと対決するにあたって解決しなければならない点はふたつだ。
ひとつめは、どうやってデイズを無効化するか。
単純に思いつくのは、箱か何かで完全に覆ってしまうこと。そうすればデイズを直視することがなくなるので被害に遭う恐れが少ない。
では、どうやって箱を被せる?
たとえカメラ越し、鏡写しであってもデイズを見た瞬間に眼球を奪われてしまう。箱を持って「デイズ、どこかな〜」などとやっている暇はない。
ちかりさんと連絡が取れない今、眼球を奪われることは完全に取り返しのつかない事項であり、僕はたった一度のチャンスでデイズを無効化しなきゃいけないのだ。
「ま、チャンスは普通一回だけか」
伊原がデイズにやられたときや裏公園がおかしかっただけで、普通人生は一度きりである。
だから校舎のバケモノのときのように――伊原のように、一回目の勝機を掴みきらなきゃいけない。
デイズの動きは遅い。
やつの不快な移動音を頼りに位置を特定して、目隠しをしたまま箱で覆うという作戦はどうだろう。
アリに思える。
ただ、箱で覆えたかどうかを確認する際にリスクがある。目隠しを取った瞬間に実は覆えていませんでしただと話にならない。
その場を通ったら発動する猟師の罠みたいなものを仕掛ける作戦も少し思ったけれど、こちらも同様に確認の際のリスクがある。
では他の方法はあるか。作戦が完了したかどうかを確認せずにすむ方法はあるだろうか。
「……デイズが出てくる前に、巣穴を封鎖するのはどうだろう」
こちらのほうが確度が高いように思えた。
ベニヤ板を打ち付けるなどして完全に巣穴を塞いでしまうのだ。
デイズの移動速度や攻撃手段から察するに、固定された板を下から破壊することは難しそうだ。
こちらのリスクは、別の脱出ルートがあるかもしれないということと、時間をかければ他の脱出ルートを掘られてしまうかもしれないということ。
ただし後者に関してはあまり問題ではないと考えていた。
デイズを箱で覆うにしろ、巣穴を塞ぐにしろ、僕にできるのはそこまでである。
その後のデイズの処理は、僕にはできない。
だからその後は、インターネットを使うなどして専門家に繋ぐ必要がある。
そういったものの専門家がいるかどうかは知らないけれど、最悪警察に駆け込んだっていい。トラックに轢かれた男性は存在しているので、眼球を奪う怪異については一定の理解を得られる――のかなぁ。
それも少し不安だけれど、ちかりさんのような存在がいることを思えば、そういった世界と関わることで生計を立てている人たちがいてもおかしくないように思う。
そういった専門家に相談ができれば迅速に対応してもらえると思っているので、ひとまずはこの週末さえ無効化できれば問題ない。万が一専門家が見つからなかったら振り出しに戻るだけだから、よくはないけれど悪くもない。
ただし最初から専門家に任せるという話は無しだ。どうして僕がデイズを知っているのかという話からちかりさんまで飛び火する可能性があるし、そもそも証拠もないのに専門家は動いてくれないだろう。
無効化したデイズを匿名で提示する。ここにいますという証拠と一緒に投げることで、より専門家を釣りやすくしたい。
「ややこしくなってきたな、ちょっと整理するか」
僕はひとりでぶつぶつと呟きながら思考を整理する。
「目標はデイズの無効化で、思いつく方法はふたつ。出てきたデイズを目隠しや罠で直接捕まえるか、巣穴を塞ぐか」
①直接捕まえる場合は、確認の際に目を奪われる可能性がある。
②巣穴を塞ぐ場合は、別の脱出ルートから脱出される可能性がある。
①のリスクは許容できない。たとえ数パーセントの話だとしても、一瞬の不注意で人生が終わるのだ。
それなら②は?
こちらも大変なリスクだけれど、他の脱出ルートから脱出されるというのは、要するに今と同じ状況である。
こちらも避けられるなら避けたいけれど、要するに振り出しに戻るだけだ。
だったら、巣穴を直接塞ぎにいったほうがいいだろう。僕は作戦を結論付けた。
「じゃあ巣穴を塞ぐとして、次の問題が生じるんだよなぁ」
それは僕自身の体質によるもの。
僕はなぜか怪異を引き寄せる体質にあるらしい。つまり、僕が巣穴に近付くとデイズが出てきてしまうのだ。
地上で鉢合わせしたら最悪である。
「…………でも」
記憶を辿る。
デイズが巣穴の奥までたどり着くのに、十五分くらいかかっていなかっただろうか。
だったら――デイズの検知範囲に入ってから全力疾走で巣穴まで向かえば、間に合う。
なんだか間抜けな結論になった気がするけれど、僕は巣穴を塞ぐ板とそれを固定するペグのようなものを抱えて全力疾走することを決めた。
幸い、必要な物品は生徒会室の備品に揃っている。何個かは勝手に持っていっても問題ないだろう。
僕は放課後すぐに生徒会室に寄って学校を出た。
デイズの正式な検知範囲はわからない。けれど僕があの道を通らなかった日は表に出てきていないことを思えば大体の予測はつく。
「さて――行くか」
僕は軽く準備体操をしてから、深呼吸をした。
大丈夫、この作戦なら失敗しても振り出しに戻るだけで、失明することはない。
すー、と息を吸ってから――僕は駆け出した。
十五分以内……マージンを取って十分以内には作業を終わらせなければならない。
走れ、走れ、走れ!
坂道を駆け下りて行き、雑木林の獣道の入口に立つ。
記憶を掘り返す――最初の目印を見つける。
山を駆け上る。基本的には一本道だ。目印を拾う。拾う、拾う。
山を数分駆け上がって、そろそろ目標の場所に着くと思った瞬間、僕はとんでもない違和感に襲われた。
「……はっ? はぁ?」
思わず足を止める。
呼吸が乱れる、うまく息ができない。
デイズの巣穴があったはずの木のそばは、僕の知らない地形になっていた。
「なんっ……はぁ、…………なんで?」
それはまるで、誰かが爆薬でも使って地面を吹き飛ばしたかのようだった。
誰かが僕よりも荒々しいやり方でデイズの巣穴を塞いだってことか?
いや、ここに巣穴があることを知っているのは僕だけだ。
僕の知らない専門家がやったのだろうか?
いや、トラックに轢かれた男性のニュースから専門家がデイズの存在には気付いても、巣穴の場所までは特定できないだろう。
だったらなんだ? デイズ本体が爆散したのか?
思考が渦巻く。うまく考えがまとまらない。
呆然としていると、林の影から声が聞こえてきた。
「ヒーローは遅れてやってくるっていうけど、こんなに遅れたら番組放映時間おわっちゃうよ〜、めぐみくん」
「えっ、ちかりさ――っは?」
「メグはヒーローじゃないですよ、だって女の子のこと泣かすんだもん」
そこには、ちかりさんと伊原が並んでいた。
それを認識した瞬間、頭が真っ白になる。
状況が全く飲みこめない。
どうしてこの二人が一緒にいる?
どうしてこの二人がここにいる?
どうしてこの場所は爆破されたような跡がある?
数十秒かけて僕が出した答えは、ひとつだった。
「伊原――ループ、したのか?」
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