第33話 遅い朝

 悲鳴ひめいだ。


 ベッドの上で飛び起きた。


 となりを見ると、メルがいない。


 小屋のなかを見まわした。窓から陽が差しこんでいるので朝だ。でも小屋のなかにもメルはいない。


 急いでベッドからおりる。土間に置いたシューズをはいて小屋の出口に走った。


 引き戸をあけ外にでる。メルの姿はない。でも気づいた。小屋のよこにある手押しポンプのついた井戸だ。そのわきの地面にヤカンが落ちている。メルは水をくみに外にでたのか。


 表にいないということは……


「裏か!」


 おれは小屋の裏へと走った。


 裏へまわりこむと、地面に尻もちをついているメルが見えた。


「メル!」


 駆けよろうとして、異様な光景に足が止まった。


「なんだこれ」


 家の裏は広い畑。そこにあったのは犬の死骸しがいだ。犬があちこちで死んでいる。


 太陽はすでに高く登っていた。おれたちは昨晩に夜ふかしをしていた。もう十時ぐらいか。明るい太陽にてらされ、はっきりと畑のようすが見えた。


 犬の死骸は無惨むざんだった。まっぷたつに引き裂かれたものや、頭が割れてぐちゃぐちゃなものが流れでている死骸もある。


 あちこちに血だまりがあった。見れば、メルの下にも血だまりがあった。すべってこけたのか。白いワンピースのスカートが血まみれだ。


「メル、だいじょうぶか!」


 駆けよった。メルが青ざめた顔でおれを見あげた。


 畑の中央で動く気配があった。黒竜だ。


 黒竜が起きあがり、巨大な頭をこちらへとむけた。


 赤い眼がおれたちを見る。そして黒く巨大な口もとは、血まみれだった。


「おまえ、なにやってんだよ!」


 黒竜が巨大な足を動かした。一歩こちらへとくる。


「ひっ」


 メルが短く悲鳴をあげた。


「くるな、黒竜!」


 おれは手のひらを黒竜へとむけた。おれはファイヤーボールをだせない。けれど武器になるようなものも近くにはない。


 黒竜が翼を広げた。頭を空へとむけ、飛び立った。


「リン、目をとじて、うしろをむいて!」


 シオリさんの声がした。ふり返ってみると、やっぱりシオリさんだ。となりに娘のリンちゃんもいる。


 リンちゃんは、お母さんから言われたとおり、こちらに背をむけていた。


「昨日の仕事どうだったって、聞きにきてみたら、どうしたのよこれ」

「おれも、なにがなんだか……」


 血だまりに尻もちをついているメルへと歩みよった。


「メル、だいじょうぶか」


 おれを見あげるメルは、この死骸だらけの光景に言葉を失っている。


「メル、立てるか?」

「待って、ヤマトくん」


 シオリさんがメルに近づいてしゃがんだ。


「メルさんっていうのね。服、汚れちゃってるから着がえたほうがいいね。いっしょにいこう」


 シオリさんに言われて思いだした。


「メルは着がえを持ってきてなくて」

「ヤマトくんの友達?」

「はい。幼馴染です」


 シオリさんは、メルに笑いかけた。


「おばさんの家にいこうか。お風呂にでも入って、おばさんの服を貸してあげるから」


 シオリさんに手を取られ、メルがゆっくりと立ちあがった。


「リンがちっちゃくてよかった。三人乗れる」


 そうか、シオリさんが言ったのはマジカルカーペットの重量制限だ。百五十キロまでしか乗せることができない。それ以上乗せると浮かないという話だった。


「おねがいします」

「うん。まかせて」


 シオリさんは右手でメルの手を引き、左手はリンちゃんと手をつなぎながら、小屋の表へと歩いていった。


 最悪だ。犬の死体だらけの畑を見まわしてみる。血の匂いもあたりに充満していた。


 これをひとりで片付けるわけだ。


「くそっ!」


 足もとの石を蹴った。


 石は飛び、地面の血だまりへと落ちた。

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