第14話 飛行訓練
「起きろ!」
大声をあげて、おれは裏手の畑を歩いた。
「起きろ、
もういちど大声をあげた。
こういうのは最初が肝心だ。
おれは親父から何度も聞いたアドバイスがある。
「いいか、ヤマト。結婚したら、財布のひもは相手にあずけるな」
これだ。親父は結婚初日に「おこずかい制」という取り決めをしたらしい。これをいまでも後悔していると。
主従という関係は、最初で決まる。そう思う。
昨晩、寝ながら考えた。竜という生物はめちゃめちゃ頭がいい。そして竜はもともと、この世界の住人ではない。
魔力を見ることのできる竜は、反対に人工物が見えない。そこで竜は考えた。この世界の住人との「
つまり「相棒」を必要としているのは竜のほう。おれが竜を必要としているわけじゃない。ならば立場としてはおれのほうが上だ。
「おいっ、黒竜!」
うずくまって寝ている黒竜に近づいた。起きやがらねえ。くそっ、なめられてたまるか。「血の契約」によって、こいつはおれを攻撃できない。
「
両手を腰にあて、なるべくえらそうに言ってみた!
「えっ……」
目のまえが、まっ暗になった。
いや、まっ暗というか、口のなかだ。黒竜が口をあけて、立っているおれにかぶせてきたからだ。
大きな口をかぶせられて、ならぶするどい牙も見えた。
『命令スルナ』
心のなかに重低音のような声がひびいた。
『殺サヌガ、
なるほど!
主従の構築、早々と失敗!
「さーせん黒竜さん、以後、気をつけます!」
口のなかで大声をだしたので、おれの声が反響した。
すっと視界がもとにもどった。小鳥のさえずりも聞こえてくる。
見あげると、黒竜があの赤い眼でこっちをむいていた。
「黒竜さん、命令はしません。ですが、ここ山奥です。協力してもらわないと
『ガシ?』
「はらへって死ぬということです!」
『
おまえのことじゃねえよ。そう言いたいのをこらえた。
竜は魔力を吸収して生きる。そういうことはすでにレクチャーで聞いていた。
「おれら人間は、エサが必要なんす。エサ。食べもの。わかります?」
『
黒竜がまわりの山々を見た。いや、そういう意味じゃねえよ。
「人間は、狩りをしません。仕事をします。それで食べものを手にします」
『シゴト』
黒竜の声は心に返ってきたが、これ説明がむずかしい。
「とにかく、あなたに乗って、山のふもとまでおりる必要があるってことです!」
ふもとまでおりれば、いなかでも小さな街はあるだろう。食堂でアルバイトとか、なにか考えないと。
黒竜が頭をさげた。わかってくれたのかな。乗っていいってことだよな。
「失礼しゃす!」
よいこらしょと、黒い首にまたがった。
「いててて!」
黒竜が首をあげたので、おれは首の根もとまですべり落ちた。
竜の大きな
「うわっ!」
ばさり、ばさりと。大きな黒い翼を動かすたびに、巨体が上へ上へと浮かんでいく。
これはあれだ。鳥とはちがう。鳥はもっといそがしく羽を動かす。
巨大な黒い翼を観察してみた。表面だ。なにかがキラキラと光っている。
「魔力か!」
この世界、空気中にも微量ながら魔力がある。そう高校で教わった。上空にいけばいくほど、魔力は濃くなるとも聞いた。
なるほどな。こいつらは空気抵抗で飛ぶわけではない。魔力を吸いこんでいるんだ。翼はそのためのもの。
考えているあいだにも、地面はどんどん遠くなっていく。
おれの小屋の屋根が見えたかと思うと、さらに上昇する。森のなかにぽっかりあいた土地。畑と小屋。まさか自分の家の敷地を上空から見ることができるとは。
顔をあげてみる。山が見えた。さらに山のむこうは、やっぱり山。山ばかり。東京とは思えない奥多摩の大自然が見えた。
黒竜が翼を広げたまま止まった。すると風だ。風がきて空へと舞いあがった。
さきほど見ていた山々が、もう下のほうだ。山の上を飛んでいる。空中をなだらかにすべっていくように黒竜は飛び始めた。
「おお、かっけー!」
どこかから人の声が聞こえた。うそだろ、ここは空の上だ。
周囲を見る。やっぱりだれもいない。
『ヤマト、下ダ』
心のなかに声がひびいた。
首の根もとにいるおれは、しがみついたまま下をのぞきこんだ。
「うそだろ」
思わず声がでた。ありえないものを見たからだ。
ホウキの集団だった。ホウキに乗った六人ほどの男。
おかしい。ホウキなんて十メートルほどしか浮きあがれないはず。
「にいちゃん、それ竜か!」
モヒカン頭の男が大声で聞いてきた。
パフパフ! と音が聞こえた。モヒカン頭のとなり、スキンヘッドの男が乗ったホウキだ。先端にラッパを取りつけてある。
よく見れば、ホウキのうしろ部分が異常に大きかった。ホウキの
六人のホウキ集団は高度をあげた。おれと黒竜を取りかこむようにならんでくる。
「兄ちゃん!」
黒竜が翼を広げるぎりぎりに、さきほどのモヒカン頭がホウキを近づけてきた。
「すげえな、ちょっとおれらも乗せてくれよ!」
あら。なんかイヤな展開。
「へー、竜の尻尾、初めて見たぜ!」
うしろから声がした。ふり返るとホウキに乗ったスキンヘッドの男だ。ホウキから身を乗りだし、しっぽの先端をにぎっている。
そのときだ。黒竜の頭がうしろをむいた。「カッ!」と小さく口をひらくとなにかが飛んだ。
「あつっ!」
スキンヘッドが頭を押さえた。その後方。遠くなっていく小さな点があった。野球の球ぐらいか。溶岩だ。小さな溶岩を黒竜がはいた!
小さな溶岩は飛んでいき、山の頂上にぶつかった。「ぼふっ!」と当たったところから火が噴きだした!
「おい、やべえぞ!」
口々にホウキ集団が言い、からだをかたむけて急降下していく。
「ええと、黒竜さん」
『ナンダ』
「一回、もどりましょう」
山火事、通報しないと。
「いや待てよ、免許取り消しとかあるか」
なぜ山火事が起きたかという原因は調査される。だまっておくか。
でも山火事だ。放置して火が広がったら、
『ナンノ話ダ』
「ええと、火です。人間の社会では、火は消さないといけないんです」
『ツカマレ』
心に声がひびいたと思うやいなや、黒竜が急旋回した。
そして翼を羽ばたかせた。いままでにない動きだ。
みるみる速度があがる。速い!
「ちょ!」
しがみついた。竜の首は手がまわらないほどの太さだ。精いっぱい腕を広げて抱きついた。
ぐんぐんと火に包まれた山の頂上が近づいてくる。なにをする気だ。山に激突するぞ!
「黒竜!」
火の山にぶつかる! そう思った瞬間に黒竜の翼だ。表面の
急ブレーキ。山へ打ちつけるように黒竜が翼を動かした。突風が起こり頂上の火が吹き消された。黒竜は風も起こせるのか!
『ナルホド』
心のなかに重低音がひびいた。
『コレガ、ヤマトノ仕事カ』
しばらく言われた意味を考えた。
飛ぶまえに、おれは言った。人間は仕事をして食べものをもらうと。
「ちげえよ」
もう、なんか、敬語をつかうのもバカらしくなって答えた。
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