第6話 温泉

 どうしてこうなった……。


 温泉に浸かりつ、俺は心の中でそう呟いていた。


 今、俺は温泉に浸かっている。俺の体は汚れても勝手に綺麗になるから、温泉なんて入る必要はないと思っていたけど……でも、いざ入ってみると体の芯からポカポカ温まって大変に気持ちいい。それはいいんだ、だけど……。


「ふぅ……」


 俺の隣で温泉に入るティアが、心地よさげなため息を洩らした。白金プラチナ色の長い髪、透き通るような白い肌、そして豊満な胸は湯気越しにもはっきり見える。……い、いや、別に胸を凝視したりなんてしてないよ!


「まさかこんな荒野で温泉に入れるとは思わなかった。これも全部君のおかげだよ……シンくん」


 ティアはこちらに体を寄せると、俺の二の腕を取りぎゅっと抱きしめた。うっ……あ、当たってる……何がとは言わないが……豊満なそれが……俺の腕に当たってる……!


「ん?俯いたりしてどうたいんだい?」

「い、いや、別に……」


 俺は神だ。ここで恥ずかしがったり、逆に「うひょ~!」とか喜んでしまっては神の威厳というものが損なわれる。平常心……あくまで平常心だ。


「え、えっと……この温泉が作れたのは俺だけの力じゃないんだ。俺の神力は、俺を信じてくれる人の力で強くなる。つまり、ティアが俺の事を信じてくれたから温泉を掘る事が出来たんだよ」


 と、俺は説明した。


「だから、この温泉が出来たのは半分はティアのおかげって訳だね」

「自分の功績をもっと誇ってもいいのに……。君は本当に優しいね」


 ティアはさらに俺に体を寄せて、ぎゅっと俺の体全体を抱きしめてきた。温泉の中に入っていてもはっきり分かる、ティアの体温、息遣い、そして柔らかさ。


 うう……も、もう駄目、限界だ!


「の、のぼせてきたから俺はもう出るね……!」


 そう告げて、俺はティアの体から抜け出し温泉を出る。ティアもまた、俺の後を追って温泉から上がった。


「そうだね。それじゃあ……」


 そう言うと、ティアは温泉の横に置かれていた果実に手を伸ばした。この果実は俺が生み出したもので、植物性油脂の塊だ。水に漬けて擦れば泡が発生する……いわば、天然の石鹸だな。俺は、ティアが体を洗うためにこの果実を石鹸代わりに渡したんだった。彼女はそれを自身の体に浸し、全身を泡立てて……、


「さあ、体を洗ってあげよう、シンくん……」

「えっ……ちょっ……!」


 思わず見とれていた俺は、逃げる事も叶わず……泡まみれになったティアに抱きつかれてしまった。


「あっ……ま、待って!ティア!」


 ティアはとても魅力的な女性だ。こんな風にされて嫌な訳じゃない。嫌な訳じゃないんだけど……こっちは前前前前前前前世から女性には縁がなかった男だ。突然こんな事をされれば、嬉しいより先に戸惑いとかというか……こんな事されていいのか!?って思いが先に立つ。


「あっ……ちょっ……!」

「ふふっ……暴れないで。隅々まで洗ってあげるから」

「い、い、いや、隅々までって……あっ……ちょっ……ああ~ッ!」


 俺とティア以外誰もいない無人の荒野。そこに、俺の甲高い叫び声が響き渡った。

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