第4話 最初の仲間

 女性は、俺の体を抱きしめながら優しく囁いた。


「先ほどは危ない所を救ってくれてありがとう……。心から感謝する」


 このお姉さんはいったい何者?とか、言葉が通じるんだ……とか、色々と考えながらも俺はひとまず返事をする。


「お礼なんて必要ないですよ。最終的に助けられたのは俺の方ですし……」

「いや、君が魔物モンスターの注意を引きつけてくれなければ私は倒されていただろう。君は、命の恩人だ……」

 

 女性は、感謝の念の込められた表情で俺の顔を見つめる。ううむ……やっぱりもの凄い美人だ……。肌の色は雪のように白く、蒼い瞳は湖のように澄んでいる。手足はすらりと長く、女性にしてはかなりの長身だ。


「しかし、君のような少年がいったいどうしてこんな山の中に?」

「ああ、それは……」


 俺は何と説明するべきかと一瞬迷った後、正直に自分の境遇を話す事にした。


「俺は、異世界からの転生者って奴なんです。それで、えっと……自分で言っててもちょっと胡散臭いんですけど、俺って『神』らしいんですよね」

「神……?」

「あはは、信じられないですよね。まあ、それも当然……」

「それは失礼しました!神に対し、なんと無礼な振る舞いを……」


 神ってのが身近な世界なんだろうか?女性は俺の言葉をあっさり信じ、俺の体から離れ片膝をついた。そして、うやうやしく頭を下げようとしてくる。俺はそれを慌てて止めた。


「い、いや、そんな事してくれなくても大丈夫ですって。それに、敬語とかも使わなくていいですから」

「しかし……」

「その方が俺としてもやりやすいですから」


 女性は、少しためらいつつも俺の言葉に頷いた。


「……承知した。君がそう言うのならそうしよう。その代わり、こちらからもお願いしてもいいかな?」

「何ですか?」

「君も砕けた口調で話をしてくれると嬉しい。私は、神に敬語を使われる程偉い人間ではないからね」

「分かりました……じゃなくて、うん、分かったよ。その方がいいって言うなら俺もそうする」


 確かに、神である俺に敬語を使われるってのは居心地が悪いのかもしれない。という事で、俺達は互いに敬語は無し、という事になった。


「それでは改めて自己紹介を。私の名前はヴァレンティア・シュヴァイク。ティア、と呼んで欲しい」

「それじゃあよろしく、ティア。俺の名前は神崎真一郎かみさきしんいちろう。呼び名は……うーん、どうしようか……」


 俺は腕組みをして少し考え込む。俺はこの世界で神として信仰を集めなければならない。となれば、呼びやすい名前が必要なんじゃないだろうか。神崎真一郎かみさきしんいちろう、という名前はおそらくこの世界の人間には呼び辛いはずだ。となれば――。


「俺の事は、シンって呼んで欲しい」


 真一郎しんいちろうの頭文字を取って、『シン』。これなら多分呼びやすいだろう。


「シン……いい響きだね」

「よし、俺は今日からシンだ。改めてよろしく」

「ああ、よろしく」


 俺はティアと握手を交わした。


「あ、そうだ……それじゃあ、お近付きの印に」


 俺は、神力を込め木に手を添える。すると、果実がひとつ、俺の手の上に落ちてきた。


「はい、どうぞ」


 俺は手で皮をむくと、その果実をティアに差し出した。それは、黄色い皮に包まれた掌に乗る程度の大きさの果物。つまりまあ……みかんだな。


「美味しい……!」


 みかんを口に含んだティアが感動に打ち震えた。


「香りは芳醇、そして酸味がありながらとても甘く、なんとも神々しい味だ。これが神の生み出した果実……!」


 いや、ただのみかんだけどね。


「助けて貰った上に、こんなに美味しいものまでいただいていいのだろうか……」

「遠慮しなくていいよ。その代わり、って訳でもないけどさ。この世界について色々と教えて欲しいんだ」

「ああ、私に分かる事であればなんでも聞いて欲しい」

「それじゃあまず……ここっていったいどこなの?」

「ここはレムリアと呼ばれるどこの国にも属さない場所だよ。通称、『不毛の大地』。今までさまざまな国によって入植が試みられたけれど、何度も失敗に終わっている土地だね」

「そっか……。一番近くの街まではどのくらいかかるのかな?」

「歩いて行くならば、20日はかかると見た方がいいだろうね」


 うーむ、最寄りの街でも歩いて20日……随分離れてるな……。


「ん?でもそれなら、ティアはどうしてこんな所にいたの?街までは遠いんだよね?」

「うん、そうだね。その理由を……説明しないといけないね」


 ティアはおもむろにシャツのボタンを外し始める。え、え?いきなり何を……!?


「……これが、私がここにいる原因なんだ」


 ティアは、俺に背中を向けるとシャツを背中の部分まではだけさせた。


「鎖骨の辺りに……見えるかい?」


 ティアに促され、鎖骨部分に視線を向けた。そこからはピンク色の光がうっすらと浮き上がっている。それは、小さな光の羽のように見えた。


「これはね、呪いの証なんだ」

「呪い……?」

「ああ。極々稀にだけれど……突然、こういった光のアザが浮き上がる者がいる。その者は土地に災いをもたらすと言われていてね。国から追放されるのが決まりなんだ」

「そんな理由で追放されたの?俺はこの世界の事をよく知らないけどさ、正直ただの迷信としか思えないんだけど……」

「そうだね。このアザ……『呪いの翼』が浮き出た者のせいで災いが起きるという確実な証拠はない。私も迷信だと思うよ。でも、その迷信を信じている者も多い」


 ティアは悲し気に微笑むと、シャツを着た。


「そんな訳で、国を追放された私は行く宛てもなくこの荒野を彷徨っていたという訳さ」

「違う国に行こうとは思わなかったの?」

「他の国に行ったとしても、結局そこでも『呪いの翼』のせいで周囲に迷惑をかける事になるからね。このレムリアのどこかで、ひっそりと暮らそうと思っていた」


 ひっそりと……って言っても、こんな所で場所で暮らしてもいずれは凶暴な生き物に襲われるか食料が尽きて死ぬだけだろう。多分、ティアもそれは分かっている。分かっていて……そうするしか選択肢がなかったんだ。ティアの悲し気な微笑からは、そんな内面が伺えた。


「じゃあさ」


 と、俺は提案する。


「俺と一緒にここで暮らさない?」

「え……?」


 ティアは驚いた様子で俺の顔まじまじと見つめてきた。


「君と、一緒に……?」

「うん。もちろん、ティアが良かったら……って事になるだろうけど」

「しかしそれは……」

「あ、嫌だった?…」

「嫌だなんて、そんな事はない……!」


 ティアは身を乗り出した。


「そうではなくて……先ほど言った通り、私は呪われた身だ。私と一緒にいれば、君に迷惑がかかってしまう」

「でも、ティアのアザ……『呪いの翼』だっけ?それが災いをもたらすっていうのは迷信なんでしょ?それにさ、」


 俺は、にっと微笑んでみせる。


「俺、いちおう『神』だから。そんなもんにビビったりしないよ。だから『呪いの翼』なんて気にしなくていい」


 俺は別に、望んで神になりたくてなった訳じゃない。でも……なっちゃった以上、迷信なんかに怯えているようじゃ、神の名がすたるってもんだ。


「……っ」


 ティアは瞳を潤ませ、涙を堪えるようにぐっと歯を噛みしめる。そして、再び俺を抱きしめて言った。


「ありがとう……シン君」

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