第2話 駅に潜む危険
「ばあちゃん、行ってくるからな」
仏壇に手を合わせ、鞄を持つと家を出た。
隣の工場で、黙々と作業をしているじいちゃんにも、一声かける。
「じいちゃん、行ってくるな」
「あぁ」
軽く手をあげ、それだけ言うと、また作業をやり始めたじいちゃんを見た後、俺は学校へと急ぐ。
バスに乗り、電車も乗り換え、最後ぎゅうぎゅうの電車の中で、音楽を聴きながら時間を潰すのは、結講大変だ。
自分で選んだ学校だけど、別にやりたいことがあるわけでもない。
その時自分の成績で、ギリギリ入れるのが、たまたまここだっただけで……
そのせいもあってか、正直この通学路は億劫だ。
「はぁ——」
今日も溜め息をつきながら、学校に向かう。
すれ違いざま、見知らぬ人に、チラチラとみられた。
( なんだ? 前々から見られることはあったけど、
今日はやけに見られているような……
寝癖や顔は、出る時にもう一度チェックしたし……
はっ、まさか……
ファスナーが開いているとかか!)
慌てて自分の服を、一通り確かめてみたが、どこも気になるようなことには、なっていないように思う。
(焦った。全開だったらどうしょうかと思ったぜ。
ふうっ……)
まあ気のせいだなと思い、再び歩き出すと
すれ違いざまにチラッと会話が耳に入る。
……似ているよね……
……違うだろう……
……もっと……だろう……
( 何なんだ? 俺の事を言っているんだよなぁ?)
俺は自慢じゃないが、モテたことは無い。
芸能人の誰かに似ているなんてことも、言われたことが無い。
なので、本当に自分の事を言われているのか、判断に困る……
ハッキリ面と向かって、言われているわけでは無いので、何とも言えないが、あんまりいい気持ちはしないわけで……
まぁ結局のところ、学校に着く頃にはそんな些細なことは、すっかりと忘れてしまっていた。
正門をくぐるといつものように、のんびりとした雰囲気が漂っている。
俺を見つけた
「おはよう」
「おう、おはよう」
「今日もつまらなさそうだなぁ」
ニヤニヤしながら、肩に追突してくると、並んで歩く。
「何か面白いこととか無いかねぇと思ってさ、毎日同じことの繰り返しだろ? 脳が寝る」
「平和でいいじゃん」
「平和ねぇ——」
「そうそう。
あの厳しかった受験生活も終わったことだし?
来年はまた、進路のことで考えないといけないんだ、また受験生活だぞ。
将来のことで悩むには、まだ後少しあるんだし、
楽に行こうぜ楽にさぁ」
「まぁ、それもそうだな」
めまぐるしく勉強に励んだ日々が終わり、落ち着いた学生生活がやってきた。
そんなたわいない毎日が続くと、人間都合のいいもので、また新しい刺激が欲しくなる。
この学校は、あまり頭は良くないけど、目立つ不良みたいなのもなく、エグいイジメとかも無く、みんな毎日ヘラヘラ学校生活を送っている。
少し退屈なくらいだ。
「巽、今日は何するよ」
「そうだな…… 何するかなぁ」
「おいおい、何も考えてなかったのかよ——」
「そう言う前はどうなんだよ?」
「いやぁ…… 俺も浮かばねぇ」
「お前もかよ——」
「あぁ—— 暇だな」
「あぁ、暇だな」
「何か面白い事って、ないもんかねぇ……」
今日も二人で散々くだらない話をして、他愛無い事でちょっと笑って、結局今日も大したことも無く終わった。
俺は、帰りの電車の時刻があるので、巽と別れると、急いでホームに立った。
(今日も混んでそうだなぁ……)
そう思って、ボーツとイヤホンから流れる音楽を聴いていた。
“ドンッ!”
急に背中を押された。
ホームにたくさんの悲鳴が響く。
そしてまもなく、けたたましい音をたてて電車が止まる。
その頃俺は……
ホーム下、えぐるように空いていた隙間に、間一髪で入り込んでいた。
バクバクする心臓と、ワナワナと震える足を、どうすることもできず、壁にへばり付くように息を殺す俺。
(何だ? 何が起こっている?)
息を吐き、少し考えられるようになった時
左側から、明かりが見えることに気付いた。
思ったよりすぐそばに、ホームの端があった。
俺は、どこかが引っかかって、動けなくなることが無いよう、精一杯気を張りながら、注意深く移動した。
誰もが、俺は跳ねられたと思っていたらしく、隙間から這い出てきた俺を見て、驚き心配して声をかけながら、たくさんの人がホームに上がるのを手助けしてくれた。
車掌らしき人達と一緒に、警察や消防レスキュー隊らしき人までやって来て、その場は一時騒然となった。
結局大して怪我も無かった俺は、病院に行くことは断ると、とりあえず駅員室のようなところに連れてこられて、手のひらにいつの間にかあった、かすり傷の手当てをしてもらった。
気付かないうちに、切り傷が出来ていたらしい。
(あぁ……これは、
打ち身とかも、出来ているかもなぁ……)
そんな事を思いながら、溜め息をつく俺に、どうしてあんなことになったのかを、聞かれた。
イヤホンで音楽を聴いていた俺には、何がどうなってあんなことになったのか、さっぱりわからなかった。
ただ、自ら飛び込むようなことはしていないこと。
いつものようにホームで並んでいたら、背中を押され、支えきれずに落ちた事を伝えた。
そう、押されたんだ。
少しして、身元引受人として担任の二宮先生が、心配そうにやっきて、また同じ事を言う羽目になった。
「で、顔は見ましたか?」
「いえ見ていません。
音楽を聴いていましたから……
人もいっぱいいたし、いきなりだったから、
どの人かなんて見ていないです。
余裕もなかったし……」
「押される前、周りに顔見知りの人などは、いませんでしたか?」
「いえ、見ていません」
「そうですか……」
そして間も無く、監視カメラを確認していたデータの中に、俺が落とされる瞬間が映し出されていた。
そこに写っていたのは、フードを目深に被り、マスクをした人物だった。
ついさっきの出来事を思い出し、吐き気がしそうなほどの、寒気を覚えた。
見覚えはないかと聞かれるも、これでは男女の区別すらつかない。
こんな事をされるような、心当たりはないかと聞かれるも、ある訳が無い。
失礼すぎると思う。
結局犯人はわからず、大した怪我もなかった俺は、被害届を出す手続きをした後、ようやく帰れることになった。
何か分かれば、連絡を入れてくれること、
今は緊張していて気付かないだけで、気持ちが落ち着くと、怪我をしていることに気づく場合があるので、その時は病院に行くように促された。
終始、心配そうにオドオドしていた二宮先生に、車で送ってくれると言われたけど、普段車に乗らないのを知っていたので、きっぱり断りる。
心配そうな先生とはその場で別れ、再び電車を待った。
帰りの電車は、いつもより遅かったせいか、少し空いていたため、椅子に座ることができた。
椅子に座り、流れていく景色を、何と無く眺める。
ふと、少し前の出来事を思い出し、自分が僅かに震えていることに気づいた。
背中に感じた、硬くザラついた冷たいセメント。
尻や足にあたる、砂利の感覚。
もし、落ちるタイミングがもう少し遅ければ……
もし、とっさに横へ避けていなかったら……
もし、電車との間に隙間がなかったら……
もし、俺の身体がもう少し大きかったら……
もし、置き勉せず、荷物が多かったなら……
もし……………
もしが、頭の中で膨れ上がってきた。
考えただけで、背筋に寒い物が走った。
(何だってあんなことになったんだ?
俺は、誰かに突き落とされたんだよな。
そういう事になるんだよな?
なんで? 何で俺なの?
殺されそうになる程恨まれるなんて……
そんなこと、まるで覚えがない。
いったい誰なんだ?)
遠くでカラスの声が、不気味に響くように聞こえた気がした。
とりあえず、足早に電車を降りる。
(早く帰ろう)
足早にバス停へと向かう途中、見知らぬ女性に声をかけられた。
「
(誰だ? この化粧の濃い、迫力ある女の人は……
俺は思わずビビって、二、三歩後ろに下がった。)
「椋、椋よね? もう変な格好してるから、一瞬わかんなかったわよ!
何よその格好、全然似合ってないんですけど」
( 大きなお世話ですけど
ムッとしながらも、もう一度その人を見る。
やっぱり知らない人だよなぁ……)
「あの、人違いをされているんだと思います。
俺、あなたの事知りませんし……
そもそも、リョウという名前じゃありません」
「何言ってんのよ!
その顔、ちょっと雰囲気違うけど、まんま椋じゃない!」
「だから違います!
俺はリョウとか言う人じゃなくて、
それに、あなたを見たことが無いから、絶対に人違いです」
その女の人は少し考えて、ぐっと覗き込むように、俺の顔をまじまじと見つめた後、自分の右頬辺りに軽く指を添え、小首を傾げる。
「おっかしいなぁ……そっくりなんだけどなぁ……
でもそっかぁ、人違いかぁ、ごめんごめん!
あんまり似てたから間違えたみたい。
ごめんよ少年!」
そう言って、その派手な人は、右手を上げ後手でヒラヒラ振ると、何事も無かったかのように、歩いて行った。
バスを待ちながら、知らずため息が漏れる。
( 何なんだ、一体……)
気を取り直して、やって来たバスに乗り、家へと向かった。
( はぁぁぁ……なんか滅っ茶苦茶に疲れた。
あぁ! イヤホン片方がない……
はぁ……厄日だな。)
俺は家に帰るとじいちゃんに、帰り変な女の人にあった事を、笑い話のように伝えた。
勿論、駅のホームの件はの除いて……
二宮先生にも、じいちゃんに変な心配をかけたく無いから、家には連絡しないようにと、口止めしておいた。
俺の話の後、じいちゃんは何だか珍しく、複雑そうな顔をすると「そうか……」それだけ言って、逡巡した後、風呂場へと行ってしまった。
じいちゃんは、もともとあまり喋らない方だ。
だけど今のは、なぜかいつもと違うような感じがするんだ。
( 気のせいか?)
少し気にはなったけど、とにかく今は、いろんなことがあって、変な疲れから頭があまり働かないようだ。
(俺も早く風呂入って寝よう。
身体のあちこちが痛いし、いろんなことがありすぎて、とにかく疲れたよ……)
この後、切り傷に悶絶するお風呂タイムが、俺を待ち構えていたりするんだ。
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心の声を( )にかえました。
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