第57話 ケロリン桶の違い







  俺と兄貴は、銭湯の女湯から丸聞こえのガールズトークを前に、早く出たい気持ちを抑えながら身体の芯まで温まりたいけれど、出るタイミングを間違えたら湯中りしてしまうことだろう。


 ああ、聞き耳を立てている訳では無いけれど、気になってしまうのも男という悲しき生き物の性なんだ。


 もちろん、向こうには聞こえないよう細心の注意を払いつつ、耳元で囁く程度の小声で会話するか、または瞬きのモールス信号でやり取りすれば、メンズトークが向こうに漏れる確率は減ることだろう。


「アニキ……カケヲシナイカ?」


「・-/・-/・---・/・・(いいぜ) ・-・/-・-・/・---/・-・・/-・--/-・--・(なにを賭ける?)」


「・-・・・/---/・・-・・/--・--/-・-・/-・-・・/・-・-・-/・・-・・/・・/・--・/・・-・/・・--/-・-/-・/・・/・-/・-・・/・・/-・-・-/-・-・・/-・-・/・-・--/・・/-・--・/・-・・(俺と兄貴、どっちの話題が先に出るか)」


「おいトラ〜、賭けにならないだろ〜?」


「兄貴〜、今までのやり取りはなんだったんだ〜?」


「おい二人とも〜、なに賭けるんだって〜?」


 声を聞かれて直ぐ様ナギ姐からのお返事に、危うくどちらかが負けるとこだった。


 ああ、名前を呼ばれたら負けというルールだけでは、すぐに勝敗が決してしまうだろうから、俺と兄貴は瞬きのモールスで、センシティブな話題で名前が挙がった方が、負けということに決まった。


 しかし、前前世、前世においてある意味で姉妹が勢揃い(グリーンティを除く)したことにより、この場合は一見すると俺の方が圧倒的に不利なので、かなり部の悪い賭けになりそうだ。


 結論から言うと、33-4で俺は賭けに負けた。


 なんでや、某球団と関係ないやろ……そもそもなんで俺は、この賭けに乗ってしまったのか、未だにわからない。


 まるでサルバドール・ダリの遺した言葉のようだ。


『誰にもわからない、もちろんダリにも』


 集中砲火を浴びることになった俺は、まるでダリの絵画のようにぐでんぐでんになった訳で、シュルレアリスムな作風そのまま、俺はいったいどうなってしまうんだろうね?


 その時だ、ボイラー室に通ずるであろう扉が開き、あの男がやってきたのだ。


「オッラ〜、凄い反響するね〜」


「「「「「「「「あ、あなたは〜!?」」」」」」」」


 そう、ただでさえ熱い湯船で温まっているのにも関わらず、情熱的なラテンの風と共に現れたのは、やっぱりこの男!


 それはラティーノ!


 ああ、おかげで身も心も芯から燃え上がるって訳だ。


「知ってるかい〜? 東と西でケロリン桶のサイズは違うんだぜ〜?」


「せやな〜、うちの方はかけ湯文化やからな〜……って〜、またお前か〜。あんた誰やねん〜?」


「そう! 関東は直径22.5cm〜、関西は直径21cmなんだよ〜! それじゃあ〜、今日はフォークソングを一曲歌うよ〜」


「「「「「「「おお〜!」」」」」」」


「いや、なんでやねん〜!」


 そうして貸切状態の浴場にて、一応女湯との境界線だけ守りつつ、男湯で突如ラティーノによるワンマンライブが始まった。


 そもそもフォークギターはどこから出てきたんだ?


 気にしたらキリがないので、黙って聞いているに限るね。


 地味にいい声で定番のフォークソングを数曲歌うラティーノだが……ところでお前、誰だかわからんけど、いったいここでなにをしにきたんだい?


「ちょっとあんた〜! こんなところでサボってないで働きなさい〜!」


 当然、浴場から聞こえるフォークソングに反応した番頭のおばちゃんが、男湯の戸を開けて怒鳴り込んできた訳である。


「おっといけない〜、それじゃあ僕はこれにて失礼するよ〜。アディオス〜」


 そうして、情熱のラテンの風と共にボイラー室へと去りぬラティーノであったが……毎回のことだけど、誰だよお前!?


「あら〜、今の外人さん〜、誰だったかしら〜?」


 いや、番頭のおばちゃんも知らないのかよ!


 当然のように、女湯からウィラのツッコミが入ったのは言うまでもない————。







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