出航
おれは男たちに近くの小屋へと連れていかれ、撃たれた右足を簡単に手当てされた。
だが、ひと息入れる暇などは到底与えられず、そのまま黒塗りの乗用車に乗せられて夜の町へ。ブロンドの男とは倉庫街で別れてそれっきりだ。
「わたしは一緒に行ってあげられませんが、ソウスケが常にそばについています。万事、心配することはありませんよ」
おれの足を撃ったソウスケはまだ完全に納得がいったという様子ではなかったが、上司の指示には忠実なようだった。途中で立ち寄ったコンビニで彼が買ってきたクリームパンを、おれは車内でもそもそと食べた。
やがて車は東京湾に面したひなびた漁港に着き、まだ日も出ないうちに小さなオンボロ漁船でおれたちは岸を離れた。船は一路、太平洋の沖を目指す。乗員の男たちは一様に人相が悪く、日本語でも英語でもない言語を話した。
東の水平線から顔を出した金色の光が、まぶしく空を染め始める。依然、悪夢は覚める兆しを見せず、それどころか妖しい色彩を伴ってますます煌めくようだ。
十分沖合に出た辺りで、洋上に待機していた別の漁船に乗り移る。新たな船でたどり着いたのは、太平洋に浮かぶ小さな無人島。森のなかに造られた道をジープで走り抜ければ、島の反対側で待ち構えていたのはなんと巨大な高級リゾート船である。
無人島探索に出ていたクルーズ客に混じり、素知らぬ顔で乗船する。ソウスケなる男の先導のもと、すべての行程は実にスムーズにこなされた。
そうして太陽もあくびを漏らすのどかな昼下がり。立派な船室のなかでおれはひとり、ベッドの端に腰かけていた。
窓の向こうには、果てしなく広がる紺碧の海原。ソウスケの部下が外の廊下に見張りとして控えているが、室内には穏やかな静寂が漂っている。部屋の空調も、正午に運ばれてきた食事も申し分なく、ようやく人心地がついた思いだ。
足の傷は痛むが、思ったほどではない。もともと銃弾はかすめただけだし、幸い大きな血管を傷つけることもなかったようである。
それにしても、ずいぶん長い旅をしてきた気分だった。ほんの二十四時間前には学校で授業を受けていたなど、とても信じられない。
だが、むしろ旅はここからなのだ。この船が、そして自らの運命がどこに向かっているのか、すべては濃霧に包まれている。流れに抗うという選択肢はとうに失われていた。
柔らかい眠気にうつらうつらしていたおれは、ドアが開かれる音に何気なく振り返り、はっと目を見開いた。
部屋に入ってきたのは、おれと同年齢くらいと思しきひとりの少女だった。褐色の肌に、銀色に輝く長い髪。清楚なデザインの白いワンピースとサンダルという恰好で、その可憐なシルエットは上品な部屋の内装にごく自然に馴染んで見えた。
「あの……」
ベッドから腰を浮かせ、おれは声を発しかける。最初、一般のクルーズ客が迷い込んだのかと思ったが、外に見張りがいるのだからそんなはずはない。
「ヒデトくん、だよね。傷の具合はどう?」
英語で尋ねながらベッドに歩み寄る少女の、端整な顔がふわりとほころんだ。見た目のイメージにたがわない、花のように可憐な笑み。しかしその銀色の丸い瞳の奥には、息を呑むほどに強く美しい意志の灯が瞬いている。
「はじめまして、わたしはルナ・ウッドワーズ。よろしくね」
おれの前で足を止め、少女は右手を差し出してきた。中途半端に腰を浮かせたまま、おれは動けないでいる。
そんな反応を彼女はどう受け取ったのやら、
「大丈夫、怖がらなくていい」
伸ばした手でおれの右手をぎゅっと握った。思いがけず温かく優しい力に、どくん、とおれの心臓が跳ねる。
「これからはわたしが、命に代えてもきみのことを護る。ヒデト。ようこそ、チーム〈ボトルムーン〉へ!」
輝くような彼女の笑顔とともに、おれを取り巻くなにかが大きくうねり動き始めた。
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