役目を終えたオカン系勇者の現実スローLIFEは、やはりままならない。
ほしのしずく
第1話 プロローグ
風が鳴き、空が軋む。
幾千の魔力がぶつかり合う《常闇の国オクタヴィア》、黒き平原の中心にて――。
魔王と勇者が対峙していた。
三日三晩に渡る激戦の果て、両者の周囲には焦土と化した大地。未だ立つ者は、彼らと、その後ろに控える仲間たちだけだった。
「これで終わりや、魔王……!」
バスターソードを構える青年の額からは汗が流れ、しかしその瞳は揺らがない。
日本からこの世界に転移してきた、名もなき孤児の少年――いまや“勇者トール”と呼ばれる男である。
「フフ……我が宿敵よ。だが、それは我がセリフだ!」
対する魔王は、漆黒のマントを翻しながら杖を掲げる。赤い瞳が怪しく輝いた。
「
魔王が放つのは、大地の命を吸い尽くす闇魔法。
黒い球体が咆哮を上げながら放たれると、周囲の草木が瞬時に枯れ果てる。
「なら――こっちも出し惜しみはせん!」
勇者が踏み込み、剣を振るった。
「
剣と魔法の光が一体となり、天を割るような輝きが生まれた。光の波が荒れた大地を癒し、魔王の闇を裂く。
「フハハッ! それでこそ我が宿敵!」
魔王が狂気に笑い、再び魔法を放つ。
二つの力がぶつかり合い、空が震え、大気が爆ぜた。
――轟音。
誰もが目を閉じ、息を潜めた。
そして……静寂。
次に目を開けた時、そこに魔王の姿はなかった。
勇者は血に濡れた剣を杖代わりに、ひとり、立っていた。
「やった……のか……」
仲間たちの歓声と共に、勇者トールは、その場に膝をついた。
☆☆☆
それから二週間後。
ルーテルア王国・王都フリーデア。
王都の外れにある、洋館風の拠点。
そこでトールの前に立っているのは――エルフの弓使い・カルファ。
頑固な職人気質のドワーフ・ドンテツ。
そして底なしの食欲と好奇心を持つ獣人の少女・チィコ。
一同は、すっかりピクニック気分である。
「……ホンマに、日本まで付いてくるんか?」
気怠そうに聞くトールに、三人は揃って頷く。
「はじめから言ってるわ。見聞を広めるには未知の国が一番なの」
「儂は職人じゃからの。珍しい技術や素材があると聞いては黙っておれん」
「ボク、日本でいっぱい食べて、いっぱい走って、いっぱい寝るんだー!」
「はぁ……もうちょい慎重に考えようってならんか? ほんまに……」
トールは深くため息をついた後、三人に手招きをした。
「ほんなら、もうちょい寄ってくれる? 今から転移魔法使うさかい」
「おー!」
「準備はよい!」
「いくよー!」
「はいはい。ほな、いくで――転移魔法、発動!」
ブオン――。
光の中に包まれて、四人の姿が消える。
それは、異世界を救ったパーティが選んだ、“次の冒険”の始まりだった。
――未知なる、現代日本へ。
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